本文と写真に関係はありません。
初出:1997年頃

とある私鉄の駅前、冬の寒い日の話。私はバスを待っていた。
「あー、寒いなー。なんでバス来ないんだよー。」
…にゃん…
「あーあ、雨まで降ってきたよー。雪になんなきゃいいけど。雪降るとバス止まるんだよなあ。頼むよ、ほんとに。」
…にゃんにゃん…
「まったく、やってらんないよなあ。今度引っ越す時は、絶対駅から歩ける所にするぞ。」
…にゃんにゃんにゃん…
「だいたいだな、どうせ、あの、あそこに止まってるバスなんだろ? なんで乗せてくんないかなあ。せめてバスの中なら暖かいのにさ。」
…にゃんにゃんにゃんにゃん…
「しかし、まあ、こう寒いと、猫も大変だな。」
…にゃんにゃんにゃんにゃんにゃん…
「…猫ーーっ!?」
…
にゃん
にゃん
にゃん
にゃん
にゃん
にゃん…
振り返った私の目に映った物は、衆人の目を集めながら、歌うように鳴きながら歩いていく、一匹の猫の姿だった。

その日、私は仕事帰りに夕食の材料を買って、家路を急いでいた。角を曲がり、公園の前まで来れば、アパートが見える。
「…な…何だ!?」
何か、白くて丸い物体が、私をめがけて飛んで来る。思わず足を止めた私の前で、その物体は音声を発した。
「にゃ〜ん」
猫である。これ以上ない、と言わんばかりの笑顔(と思われる表情)で、じっと人の顔を見つめている。
「猫…猫。心当たりはないぞ。しかし、その顔は、何か期待してるだろ?」
そう目で尋ねるが、答えが返るわけもない。そのままじっと考える。そして、はたと気付いたことが。私の左手のビニール袋の中身。そこには、さっき肉屋で買ったばかりの、焼き鳥が10本ほど入っているはずだ。
さすが、百戦錬磨の野良猫。100メートル先でも、焼き鳥の匂いを見逃す…、もとい、嗅ぎ逃すことはなかった。しかも、このおべっかの使いよう…。
「しょうがない、その根性に敬意を表して、煮干しの2〜3匹でもお土産に持たせてやろう。」
そう心でつぶやきながら歩く私の足元を、猫はころころ転がりながらついて来た。
部屋に上がろうとする猫を制して、一人で部屋に入り、ドアを閉め、荷物を置いて煮干しを手に再び外に出た私の前に、しかし、既に猫はなかった。
「うむ、さすが、見切りも早かったか。」

いつものように、仕事から帰り、アパートのドアを開けた。その時、何かが私の足元を駆け抜けた。
「…な…何だ!?」
猫である。「なーんだ。」
…なーんだ、ではない。ここはアパートだ。ペット飼育禁止のアパートだ。猫を部屋に入れておくわけにはいかない。だいたい、この猫はうちの猫ではないぞ。勝手に上がりこむとは、不届き千万。
しかし、そこは猫大好き人間の私である。水ぶっかけて追い出すなんて失礼なことはしない。丁重にお帰りいただくことにする。
ダイニングの隅に落ち着きかけた猫だが、私が近づくと殺気を感じたのか、隣の寝室に逃げ込んだ。
「…ちょっと待てぃっ!」
なにか、こう、ものすごく嫌な予感がして、私も寝室に駆け込む。ベッドの上に駆け登った猫を掴み上げてみれば…。
「あーあ…、やっちゃってるよ…。」
いわゆる、「自然の摂理」である。いや、まだ、「液体」の方でよかったんだが。
(食事中の方、申し訳ない ^^;;)
あわてて窓から放り出す。もう、「丁重に」などと言ってる場合ではない。哀れ子猫は、空腹のまま寒空に逆戻り。人恋しげに鳴くが、さしもの猫好き人間も、この仕打ちを許すわけにはいかなかったのである。

その日、私は、足を怪我していた。
電車が駅に着き、電車から降りる。そして、階段を下りる。足が痛いので、人よりも少し遅れる。まあ、別にどうということはない。
階段を下りたら、左に曲がる。改札口が見える。あまり関係ないが、自動改札である。
その、改札機の少し手前、右から左へ、猫が走る。
「…ああ、猫ですか…。」
もはや、その程度のことでは動じない私は、何食わぬ顔で、改札機に定期券を通すのであった。