第8章:夢の跡  ロシェが涙を拭い、立ち上がる。 「城の中の人たちを助けなければ…。」 それに呼応して、アベルたちがロシェのもとに集まる。ジャックが城を見つめ、呟く。 「城内の様子が分かりませんね…。」 「中のことは僕とビラクが詳しい。案内する。呪殺ということなら、まず宮廷神殿だ  ろうな。ついてきてくれ。」  神殿では、一人の女司祭が祭壇に捧げられた彫像に向かって何かを唱えている。そ の司祭の横顔を見て、アベルは絶句する。英雄戦争の中でアリティア軍に託され、戦 争が終わると同時に行方不明になった、グルニアのシスター、マリーシアではないか。  その驚きはユミナもまた同じだった。いや、マリーシアと年が近く、同じシスター でもあり、特に仲の良かったユミナのほうが、より大きなショックを受けていた。気 を失わんばかりに真っ青になり、立ち尽くしている。  ロシェたちが近づいて来たのに気づき、マリーシアが振り返る。その瞳は、やはり 他のオレルアンの者と同じ、誰かに操られている瞳である。 「さあ、皆さんも、私たちと一緒に…。」  マリーシアの両手から妖気が漂い始める。サムトーがマリーシアに突進する。が、 その手に剣はない。いきなりマリーシアの隣に立つと、その肩を抱き、マリーシアに 話しかける。 「よお、マリーシア。久しぶりじゃないか。久しぶりと言えば、ほら、アリティアの  アベル、覚えてるだろ。あいつに会ったんだけど、まあ、あいつも相変わらず間抜  けなんだよな。それから、フィーナにも会ったぜ。今、一緒に旅してるんだ。お前  も踊り、見せてもらえよ。そうそう、あのグルニアの王子様とかも…。」  よくこんなに次から次へと言葉が湧いてくる、と思えるほど、サムトーはマリーシ アに口を開く隙を与えず話し続ける。その間にもマリーシアの腕を押さえつけ、身動 きができないようにしている。  ユミナはようやく、サムトーの行動が意味する物に気づいた。ゆっくりと、だがしっ かりとした足どりでマリーシアの所にやって来る。そしてその両手を握り、目を見つ め、話しかける。 「私よ。ユミナよ。分かる?」 「ガーネフ様は我らに永遠の命を与えたもう。ガーネフ様に逆らう者は殺す。」 「ねえ、マリーシア、どうしちゃったの? グルニアのおばあちゃん、心配してるわ。  急に姿を消してしまうんだもの…。私だって心配したのよ。」 ユミナが感極まって涙声になる。サムトーがマリーシアから手を離す。代わりにユミ ナがマリーシアに抱きつき、泣き始める。 「どうして…、どうしてこんなことに…?」 「…ユミナ…?」 「マリーシア…、そうよ、私よ。ねえ、どうしたの? お願い、目を覚まして。」 「ユミナ…、ユミナ…。」 マリーシアの力が抜ける。二人が崩れ落ちる。慌ててしゃがみこむサムトー。 「おいおい、大丈夫か? 怪我はないか?」 「マリーシア…、私のこと、分かる?」 「ユミナ…。私…私…、恐かったよ…。」 今度はマリーシアが泣きじゃくっている。  マリーシアが闇の力から解放され、オレルアンを覆っていた呪いの力も消えた。よ うやく落ちつきを取り戻したマリーシアを囲んで、全員が集まっている。アベルが口 火を切る。 「一体、何があったんだ?」 「戦争の後、退屈なグルニアに戻りたくなくて旅をしていたの。そうしたら、なんだ  か素敵なお兄さんが来て、新しい教会を作ったからそこの司祭になりませんか、っ  て…。だからついて行ったんだけど、それから先のことはあんまり覚えてない…。」 「おそらく、マリーシアがシスターだと知った邪教徒が、自分たちの仲間に引き入れ  ようとしたんだろう。マリーシアは英雄戦争の時、アリティア軍に与していたから  あちこちの国に顔がきく。だから利用されたんだ。」 エルレーンが、推測だが、と付け加えながら見解を述べる。深くうなずくパオラ。 「間違いないと思うわ。でも、完全に操られていたわけじゃなかったのね。」 「…すごく恐かった。どう恐かったか説明できないけど。嫌だったの。なのに逃げら  れなくて。ずっと、助けて、って言ってたの。」 「その気持ちがあったから、ユミナの気持ちに反応したんだな。」 「私、もうあんな恐い思いしたくない。皆と一緒にいる。」 アベルが困ったような顔で言う。 「それはいいんだが…。僕たちはこれから、どこに行けばいいんだか分からない。そ  れに、僕らはいずれ邪教の神殿に乗り込むことになると思う。マリーシアは奴らに  とっては裏切り者だから、危険じゃないのかなあ。」 「私、知ってるわ。」 思いがけないマリーシアの言葉に、一同、顔を見合わせる。 「私は、オレルアンの王様を殺せって言われた。でも他の司祭は、タリスの王様を殺  しに行ったわ。」 「なんだって!?」 アベルが叫ぶ。パオラも呆然としている。 「タリス王…? シーダのご両親?」 第9章:新たなる悲劇  一行は休む暇も惜しみ、タリスに向けて出発する。タリス王国は、アリティア王妃 シーダの故郷であり、当時まだ王子であったマルスが、ガーネフから世界を守るため 兵を挙げた、記念すべき場所である。そこが邪教徒の標的になっている。一刻も早く、 彼らの魔の手からタリスを救わねばならない。  だが、その思いを打ち砕く知らせが届けられた。「タリス王と王妃、原因不明の急 死」。呆然とするアベルを、ジャックが励ますように言う。 「まだ、噂の域を出てはおりません。この目で確認するまで、希望をお捨てにならな  いように。」  ようやくタリス城に着いた一行。城は既に盗賊に襲われており、主がいないことを 物語っている。アベルが怒りに震えている。 「畜生…、許さない!」 「アベル殿! 何を?」 「あいつらを皆殺しにしてやる!」 「真の敵を見失ってはなりません。」 ジャックが制する。 「それはそれとして、城の中の様子を見ておいたほうがいい。本当に邪教の呪いによ  るものなのかどうか。」 エルレーンが冷静に判断する。一行はその判断に従い、城内へ向かう。  盗賊の相手はジャックをはじめとする騎士、傭兵に任せ、タリス城に出入りのあっ たアベルがエルレーンを王の間へと導く。そこには葬る人もなく、王と王妃の亡骸が 捨ておかれていた。その惨状にユミナとマリーシアがしゃくりあげる。さすがのパオ ラも真っ青な顔をしている。そんな中、フィーナが声を張り上げる。 「何メソメソしてんだよ。かわいそうだと思ったら、墓の一つも建てたらどうだい?」  エルレーンに促され、ユミナが葬送の儀式を始める。盗賊を撃退していた兵士たち も加わり、静かに儀式が執り行なわれる。  埋葬が済み、誰もいなくなった城で一行はこれからの戦略を立てる。 「やはり邪教の者の仕業と思われます。盗賊の中には司祭の服を着た者も数名。マリー  シアと同様、何者かに操られていたようです。」 サムトーが簡単に報告する。 「僕は許せません。シーダ様のご両親をこんな目に遭わせるなんて。」 おとなしいロコが、珍しく強い口調ではっきりと言う。 「しかしこれからどうすればいいのか…。もしかすると、ガトー様が何かお分かりに  なったかもしれません。今日のところは、ひとまずお休みになってください。その  間にガトー様にお尋ねしてみます。」 エルレーンが言う。 「でも、僕は一刻も早く知りたい。ガトー様は僕にも話をしてくれるだろうか?」 ユベロがエルレーンに尋ねる。 「ユベロ様なら、お声が聞こえるでしょう。でもここでは無理です。邪教の呪いがま  だ残っています。もう少ししないと、はっきりとは聞こえません。ですから今夜、  夜中に…。」 言い終わらないうちに、城の中をほっつき歩いていたリカードが戻って来る。アベル が叱る。 「リカード! 勝手に動いちゃ駄目だって、何回言わせるんだ。」 「まあまあ、そんなに怒らないでくださいよ。ほら、何か金目の物が…。」 「お前…、そんな火事場泥棒みたいなことをして、楽しいのか!?」 「…。いや、その…。すいません…。でも、いい物を見つけましたよ。ほら。」 リカードが出した物は、一冊の本だった。パオラが手に取り、中を見る。 「これ…、日記じゃないの。だめよ、他人の日記なんか覗いちゃ。」 「いやね、このページなんですけど。」 リカードが日記の、しおりが挟んであるページを開く。 「『北西の無人島に、不気味な人たちが住み着き始めた。』って、これ、邪教の奴ら  じゃないですかね?」 エルレーンの顔つきが険しくなる。 「どうりで…。呪いが残っているだけにしては、邪気が強すぎると思いましたよ。本  体がそんな所にあるんじゃ…。」 アベルが立ち上がる。 「行くぞ! そこを叩き潰す!」 ジャックがたしなめる。 「アベル殿、落ちつかれよ。闇夜の戦いでは奴らに分があります。明朝早く、ここを  出ましょう。」 「でもさあ、船はどうするの?」 フィーナが尋ねる。 「リカード、お前の出番だ。」 サムトーに言われ、きょとんとするリカード。 「お前、船、盗んで来い。」 「ちょっと、ちょっと、サムトーの兄貴。いくらおいらだって、船は無理ですよ。」 「じゃ、盗んで来なくてもいいから、どこかにあるかどうか調べて来い。」 「はいはい、その程度なら。じゃ、ちょっと行って来ますね。」  早速、外に出るリカード。ジャックが感心している。 「よく働く男だな。盗賊にしておくのは惜しい。」 第10章:星のレクイエム  翌朝早く、アベルたちは岸壁の下にやって来る。前夜リカードが下調べしておいた 船に乗り込むためである。使い古されて置き去りにされた海賊船らしい。 「よくもまあ、こんなものを見つけてきたものだな。」 「へへ…。まあ、これがおいらたちの仕事ですから。」 ジャックに褒められ、リカードもまんざらではなさそうだ。  船の扱い方は、意外なことにフィーナが知っていた。驚く仲間たちに、フィーナが 言う。 「あたしら旅芸人は、旅も仕事のうちだからね。船を動かすのなんかお安いご用さ。  もっともあたしは、こういうのはあんまり得意なほうじゃなかったけど。全然知ら  ないわけじゃないから、まあ、安心してなよ。」 「ああ。だけど、頼むから沈ませないでくれよ。」  念のため、ユベロとユミナはそれぞれパオラとロコのペガサスに乗って空を飛ぶこ とにする。フィーナが操舵室のあちこちを調べていたが、やがてごそごそとレバーを いじり始める。すると、船は静かに岸壁から滑り出す。一同の間から感嘆の溜息が漏 れる。 「意外な才能だな。」 サムトーに褒められ、今度はフィーナが得意そうな表情を浮かべる。  やがて、船は島に着く。降りたったエルレーンが顔をしかめる。 「ものすごい邪気だ…。間違いない。ここに神殿があるんだ…。」  生い茂る森に足を踏み入れる一行。しばらく進むと、黒い服を着た司祭らしき人々 が逃げまどっているのが見える。 「気づかれたか? …いや、違うな…。」 ぶつぶつと言っているジャックに、ロシェが尋ねる。 「何が違うんですか?」 「あの逃げ方…、我々に気づいて逃げているというよりは、誰かがもう来ているよう  な感じだな…。」 その言葉にサムトーが足を止める。すぐ後ろを歩いていたイシュターがぶつかる。 「痛っ!」 「あ…、悪い悪い…。」 だが、サムトーの表情はいつになく暗い。怪訝そうに自分を見る視線に気づき、弁解 するように言う。 「ちょっと、嫌な予感がしたものだから…。」 ジャックが目で先を促す。 「あの…、オグマさんが来てるんじゃないかと…。」 「オグマ? …傭兵のオグマか?」 サムトーに代わって、アベルが説明する。 「ええ。オグマはタリス王の親衛隊長を務めていたこともあるくらいで、タリス王と  は親しいんですよ。だからまあ、タリス王が殺されて、逆上してここに来たってい  うのも、考えすぎとは言い切れないでしょうね。もっとも、場所が分かれば、の話  ですけど。」 「なるほど。」 「僕たちもオグマさんにはずいぶん世話になったんですけど、中でもサムトーは、昔、  奴隷剣闘士だったんですが、その頃からの知り合いなんだそうです。」 「急いだほうがいいかもしれないな…。」 「えっ?」 「あの城の様子からすると、タリス王と王妃が殺されたのは、つい最近のことだろう。  だとすれば、そのオグマが、生前のタリス王からこの場所の話を聞いたというのは、  十分ありえる話だぞ。」  歩きながら話し続ける一行に向かい、ロコのペガサスに乗っていたユミナが上空か ら叫ぶ。 「見えたわ! そのまままっすぐ。もう少しよ!」  神殿の扉の前に、闇の司祭が立っている。アベルたちが近づいて来るのを見て、く ぐもった声で言う。 「これ以上、我が神殿を侵す者は許さぬ。何人たりとも、我が神殿に足を踏み入れる  べからず…。」  高く挙げた手の先から黒雲が立ち上り、そこから隕石が放たれる。エルレーンがとっ さに身を伏せ、間一髪隕石の直撃を避ける。そのかがんだ頭上を身軽に飛び越え、サ ムトーが剣を振り下ろす。司祭がうずくまる。だが、すぐに立ち上がるとまた雲を呼 び寄せる。上空からパオラが突っ込んで来る。突き立てた銀の槍の下で、司祭は息絶 えた。 「ガーネフ様…お許しください…。」  アベルが扉を開けようと走って来る。だが、扉は開かない。エルレーンがアベルを 制し、扉に手をかざし、何か呪文のようなものを唱える。やがて、扉は自然に開く。 その扉の向こうには…。 「オグマ…さん? オグマさん!?」 サムトーが叫ぶ。扉のすぐ向こうには、血塗れのオグマが倒れていた。 「オグマさん! しっかりしてください!」 ロシェも馬から降り、オグマのそばにひざまずき、回復の杖をかざして祈る。オグマ があえぐように言う。 「…サムトーか。陛下は…、タリス王は無事か?」 サムトーが答に詰まる。オグマが答を察する。 「そうか、間に合わなかったか…。これをユベロ王子に渡してくれ。そして、神竜神  殿に行け、と…。」 ユベロがオグマにすがる。 「オグマさん。僕です。ユベロです。オグマさん、死なないで。また一緒に…。」 「ユベロ王子…。光と星に導かれし者、神の下僕たる竜の祝福を受けよ…。私が昔、  剣闘士だった頃、仲間に聞いた話だ。」 ユベロの後ろで、パオラが歌うように言う。 「はるか昔、神はこの世に12の竜を遣わせり。その竜、闇の力を封じ、この世を守  れり。光と星に導かれし者、神の下僕たる竜の祝福を受けよ…。マケドニアの古い  神話です。子守歌のように、小さな頃から聞かされてきました。」 「そうか…。マケドニア出身だったのかもしれぬな…、あの男…。光と星…これが、  そうだ。」 オグマは、かばうように持っていた魔導書を差し出す。 「これは…スターライト…。」 「ガトー様が、光のオーブと星のオーブから生み出した魔法…。これを持ち、神が遣  わした竜に会いに行ってくれ。」 遅れて来たユミナが、泣きながらオグマにすがりつく。 「オグマ! 嫌! 私、オグマと一緒じゃなきゃどこにも行かない!」 「ユミナ王女…。すまない。だが、もう私はお二人の力にはなれない。どうか、二人、  力を合わせて…。」 オグマの体から力が抜ける。ロシェが救いを求めるような目でエルレーンを見る。 「回復の術が効きません…。どうして…。」 ユベロとユミナが、オグマにすがりついて泣きじゃくっている。サムトーも、拳を震 わせ、唇を噛んでいる。その目から涙が落ちる。エルレーンが静かに言う。 「よくここまで持ち堪えた…。ただスターライトの魔導書を渡すために、我々を待っ  ていてくれたのだ…。ユベロ様、ユミナ様、いつまでも泣いていないで。オグマさ  んの死を無駄にするわけにはいかない。パオラさん、神竜神殿の場所はご存知です  ね?」 「神話では、飛竜の谷を越えた向こう、暗黒竜神殿の反対側にあると伝えられていま  す。」 「では、一刻も早く。」  オグマを乗せた船が、タリスに帰る。誰もが押し黙ったまま、空を、あるいは海を 見つめている。オグマが死ぬまで愛した土地に、彼を返すこと。それが今できる、た だ一つのことだった。  タリスの見晴らしのいい丘の上に、小さな墓が作られた。 「オグマさん…。僕たちはあなたの仇をとって、必ずここに帰ってきます。」 サムトーが、その前に花束を捧げる。 第11章:紅の海  船は大きく南に針路をとり、マケドニアに向かう。 「神竜神殿は飛竜の谷の北西にあると言われています。でも誰一人として、そこに行っ  たことはありません。はるか昔、この世界ができた頃、神は12匹の飛竜をこの世  に遣わせ、この世界を守るよう言いつけたそうです。その12匹の竜は、今も神竜  神殿にいるのだそうです。そして光と星に導かれた人間がそこに行けば、神竜の助  けを得られると…。でも、それは神話の中の話。どこまでほんとうかは…。」 誰に向かってでもなく、パオラが語る。 「だが今は、その神話を頼るほかない。光と星、すなわちスターライト・エクスプロー  ジョン。闇の力、すなわちガーネフ。あまりにも符合しすぎている。」 エルレーンがその背中に言う。  しばらく航海を続け、アカネイア聖王国を越える頃、ユミナが落ちつかないふうに 言う。 「エルレーン、何か変だわ。」 「どうした?」 「よく分からないけど、とても恐い。」 マリーシアも青ざめた表情を見せる。 「私も…。恐い。この前と同じ…。嫌! もう、これ以上行きたくない!」 エルレーンがマリーシアをなだめる。 「大丈夫。皆がいるんだから恐いことはないよ。」 「確かに妙な感じがするよ。エルレーンは気がつかない?」 ロシェが周りに気を配りながら近づいてくる。 「…しかたないな。無駄な動きは避けて、少しでも早く神竜神殿に行きたかったのだ  が…。ユベロ、スターライトの魔導書をアベルに預けておいて…ください。」 ジャックの射るような目に気づき、少し言葉を和らげるエルレーン。 「どうしたんだ?」 アベルが尋ねる。 「ここからは我々に任せてください。アベルさん、そのスターライトだけは絶対に奪  われないよう、お願いしますよ。」  甲板の端に立ったエルレーンが深く息を吸う。そして、広げた両手から電撃の魔法 を放つ。瞬間、何か黒い物が現われ、断末魔の声を響かせて、落ちた。アベルが血の 気の引いた顔でエルレーンに呼びかける。 「一体、これは…?」 エルレーンは振り返らずに答える。 「取り返しに来たんですよ。スターライトをね。実体のない、魂だけの存在です。だ  から剣も槍も役には立たない。ここは我々が切り抜けます。皆さんはとにかく、ス  ターライトを守ってください。」 「これはオグマさんの命だ。絶対に渡さない!」 サムトーが剣を構える。 「無理です。剣では倒せません。どうか、スターライトを守ることだけを考えてくだ  さい。」 エルレーンが背中を向けたまま言う。だが、サムトーはいつになく真剣な表情で剣を 構えている。そして、素早い身のこなしで宙を切る。何も見えない空中から悲鳴があ がる。ロシェが驚いたように叫ぶ。 「サムトー! なぜ…?」 「司祭さんは知らないのかな? 銀の剣は神やどりの剣。銀は神聖な金属だから、悪  しき魂ぐらい斬れるだろう。」  その言葉に力づけられたか、ジャックが声を張り上げる。 「アベル殿はスターライトを手放さないでくれ! 皆、銀の武器は持っているな?  よし、全員で迎撃する! スターライトを守り抜け!」  次から次へと襲ってくる魂。だが、エルレーンたちの必死の応戦により、段々とそ の数が減ってきた。そして、エルレーンは手を止める。 「ありがとう。もう大丈夫だ。」 憔悴しきった表情のユベロが、アベルのもとに走る。 「アベルさん、スターライトは?」 アベルは笑って、スターライトを取り出す。 「このとおりだ。皆のおかげだ。よかった、ありがとう。」  船は薄暗くなった海を静かに進んで行く。空には星が瞬き始める。安心した表情の アベルたちは、甲板で星を眺めている。その時突然、アベルの意識の中にガトーの声 が響く。 「アベルよ。よくぞスターライトを守りきってくれた。」 「ガトー様!?」 「お前たちが戦った相手は、ガーネフによって魂を奪われた邪教徒たちの化身。エス  トとジュリアンも、ガーネフに魂を奪われている。早く救い出すのだ。もう時間が  ないぞ。」 「どこに行けばいいのですか?」 「オグマの言ったとおり、神竜神殿じゃ。そこへ行く道筋は、パオラなら分かるはず。  パオラよ、アベルを導いてやってくれ。」 パオラが叫ぶ。 「ガトー様! 教えていただきたいことがあります。」 「何じゃ?」 「エルレーンは、魔導の心得のない者には本来、ガトー様のお声は聞こえないと。そ  れならあの時、ラーマン神殿で、なぜ私はガトー様のお声を聞くことができたので  すか?」 「その答、ほんとうは分かっておるのではないか?」 「えっ?」 「さあ、早く、神竜神殿へ。」  ガトーの声が消える。立ち尽くすパオラから、エルレーンが目をそらす。 第12章:失楽の翼  船はマケドニアの東のはずれに到着。一行は久しぶりに陸地に上がった。だが、ほっ とする暇もなく飛竜の谷へと向かう。  飛竜の谷。そこは、野生化した飛竜と蛮族が支配する地。その入り口とでも言うべ き小さな村は、野生の中で生まれた幼い飛竜を捕らえ、家畜化して、ドラゴンナイト のための飛竜として売ることで生計を立てている。ここより先には人は住まない。一 行は最後の装備を整え、不足している食料やその他、細かな物を買い整える。  そんな彼らの前に、一匹の飛竜が舞い降りる。思わず身構えるアベル。だがそこか ら降り立ったのは、グラでアベルを待っていたドラゴンナイトだった。 「アベル殿。また会ったな。」 「誰だ? この前もお前は名乗らなかった。」 「プロキオン、と言うらしい。」 「らしい? どういう意味だ?」 「本当の名前は知らない。いや、本当の名前などあったかどうかも分からぬ。」 きょとんとしているアベルの隣で、パオラが言う。 「もしや、記憶をなくしたのでは…?」 「そういうことらしい。それすらも定かではない。私が覚えているのは、長いこと眠  っていて、ある日目を覚ますと、この村にいたということだけだ。」 「そうですか…。」 パオラが痛々しげに言う。それには構わず、プロキオンと名乗る男は、乗って来た飛 竜に手を預け、まるで飛竜に話しかけるかのように話し続ける。 「おかしなものだが、こうして飛竜のそばにいると懐かしい気持ちになる。ひょっと  すると、私の昔は、人間ではなく飛竜なのかもしれぬ。」 「ばかな。そんなはずないでしょう。」 アベルが警戒心を解き、笑って言う。 「お前は笑うが、ほんとうにそんな気分だった。だが、やはり私は人間だ。飛竜には  なれぬ。いっそ飛竜になれたら、こんなに苦しむこともなかったろうに。…私は人  間として再び生きる決意をし、飛竜の谷を捨てた。そして、ただ気持ちの向くまま  飛竜を走らせた。そして着いたのは、アカネイア・パレスだった。」 「そこでマリクに会ったのですね。」 「ああ。親切な男だ。行くあてのない私に部屋を与え、さらに名前まで考えてくれた。  プロキオン…星の名だと言う。その星を目指せば、きっといつか過去を見つけるこ  とができると。それだけではない。この槍と、そして、パレスを守る任務まで与え  てくれた。」 プロキオンは手にした槍の感触を確かめるように握り直した。アベルが尋ねる。 「今は?」 「いとまごいをした。マリク殿にはすまないと思ったが…。この、槍の手触り。飛竜  の手触り。これだけは忘れていなかった。」 「ドラゴンナイトだった…。そうでしょう?」 パオラが震える声で言う。 「思い出したのだ。飛竜に乗り、戦っていた日々。どこで生まれどこで暮らしていた  のかも定かではないのに…。もう一度ここに帰り、昔の私を探すため、パレスを出  た。そしてまた再び、お前に会った。これも何かの縁。お前たちも辛い旅の途中だ  と言うではないか。私も力になりたい。」 「ありがとう。ここから先は竜の世界。ドラゴンナイトのあなたが一緒なら、きっと  心強い。」  翌朝、一行は村を出て飛竜の谷に向かう。最後尾を歩くロシェが、パオラに尋ねる。 「あの、プロキオンというのは…。」 「そう。分かってる。でも…。」 「アベルは分かってるんでしょうか?」 「さあ、ね。」 パオラが少しだけ笑う。ユベロが怪訝そうに尋ねる。 「何の話?」 「…内緒。」 不服そうなユベロを乗せて、パオラはプロキオンの後を追う。 第13章:ブラッドソード  長い道のりだった。だが、まだ終わったわけではない。黙々と歩くアベルたち。襲 いかかる飛竜の群れ。理性を失った人間、蛮族たち。一時たりとも気は抜けない。い つまで続くのか分からない、道なき道を歩き続ける。  一人離れて一番高い所を飛んでいたプロキオンが、不意に高度を下げる。パオラと ロコが後を追う。地上を歩いていたアベルたちも、プロキオンが降り立った木立に向 かう。 「どうしました?」 「盗賊団だ。こんな所で何をしているのやら…。一人一人の戦闘力はたかが知れてい  るが、数が半端ではない。どうする?」 「どうするも何も、出直すわけにもいくまい。なに、飛竜や蛮族に比べればどうとい  うことはない。」 ジャックが言う。他の皆もうなずく。 「そうだな。だが、あまり甘く見るのもどうかと思うぞ。」 「そういう徒党を組む輩なら、首領を倒せば逃げ出すだろう。我々騎兵部隊が囮にな  り、周りから攻め込む。そして、中央が手薄になったところで、プロキオン殿が飛  行部隊を率いて一気に叩く。こういう戦略ではどうだ?」 「…悪くないな。よし、そうしよう。魔導師の諸君はあまり前には出ないほうがいい  だろう。エルレーン殿、後方支援をお願いする。」 「はい、分かりました。」 プロキオンの仰々しい物言いに、エルレーンが微かに笑う。  ジャックの号令一下、騎兵部隊が盗賊団に突撃する。迎撃する盗賊たちはやはり、 自分の意志を失った目をしている。そして、アジトと思われる洞穴の入り口に、首領 らしき盗賊が現われる。それを見てプロキオンが号令をかける。 「ボスを狙え! ザコには構うな!」 だが、先頭を走るプロキオンは、突然飛竜から振り落とされる。一瞬呆然とするパオ ラ。 「…ロコ! 下がって!」 「…一体何が?」 「分からない。でも近づいてはだめ。私たちもやられる。」 「プロキオンさんは…?」 「大丈夫よ。あの人は戦いに慣れているもの。私たちよりずっと…。」  プロキオンは激しく地上に叩きつけられた。その目の前に、空虚な瞳をした盗賊が 剣を構えている。 「殺られる…!」 プロキオンの体に染み着いていた戦いの感性が、とっさに体を動かす。戦ってはいけ ない。逃げるのだ。プロキオンは目指す敵に背を向け、必死に走った。その退路を塞 ぐ盗賊は容赦なく、手にした槍でなぎ倒す。背後から殺気に満ちた風が襲ってくる。 素早く身を伏せたプロキオンの目の前で、盗賊が吹き飛ばされた。 「ジャック、兵を引け!」 プロキオンが叫ぶ。戦いの手を止めず、ジャックが応じる。 「何があった?」 「あれは人間ではない。…我々の知らない力だ。」 一呼吸おいて、ジャックが叫ぶ。 「全員撤退せよ!」  追ってくる盗賊を撃退しつつ一行は、もといた木立の中に集まった。パオラが不安 そうにプロキオンに尋ねる。 「あれはなんだったんですか? 弓兵も魔導師もいなかったようだけれど。」 「強いて言うなら、魔導の力に似ている。あの盗賊の頭が持っていた剣から、何かが  飛び出したのだ。」 プロキオンの話を聞いていたマリーシアが、はっとした表情で声をあげる。 「ブラッドソード!」 「何、それ?」 ユミナが尋ねる。 「あのね、邪教の神殿にあった剣なんだけど、とても恐い剣なの。」 アベルが真剣な表情で尋ねる。 「どう恐いんだ?」 「えーとね。よく分からないんだけど、持っている人の命で、相手を殺すんだって。  だから、絶対に触っちゃいけないって言われたの。」 「じゃ、自滅するのを待てばいいんだな。」 サムトーが一人で納得している。 「確かに自滅するだろうが、強力すぎる。下手に近づけば、一撃で殺される。」 プロキオンが首を振りながら言う。  そんな中、木に上って盗賊団を監視していたリカードが、慌てふためいて飛んで来 る。ジャックが身構える。 「動きだしたか?」 リカードは真っ青な顔で、震えながら言う。 「あれ…、あのボス…、ジュリアンの兄貴です…。」 「なんだって!?」 「間違いありません…。おいらが兄貴の顔を見間違うはずありません。」 パオラが唇を噛む。 「なんてことなの…。気づかなかったわ…、考えもしなかった…。」 サムトーが真顔になる。 「ということは、自滅してもらっちゃ困るわけですね。」 「参ったな…。ますます難しくなったぞ。」 ジャックが頭を掻く。 「ジュリアンとやらを諦めてもらうなら、なんとかなりそうなんだが…。」 「そんな…。ジャックの兄貴、戦いは得意なんでしょう? だったらなんとか、そん  な冷たいことは言わずに、お願いしますよお…。」 リカードは泣き出さんばかりに訴える。 「ジャック、僕からもお願いする。ジュリアンが死んだら、レナさんが悲しむ。僕だ  って悲しいよ。」 「ユベロ様のお気持ちも分かりますが…。」 「私たち、エストとジュリアンを助けに来たんでしょ。ジュリアンが死んだら、何に  もならないじゃない! 見損なったわ!」 「いや、ユミナ様…。私は、まだ諦めるとは言っておりません。ただ、どうにもこう  にも…。とにかく、少し考えさせてください。」 「マリーシア、あの剣には弱点はないのか?」 プロキオンが尋ねる。 「私はよく知らないの。どうしてジュリアンがあんなもの持ってるのかだって分から  ない。」 「要するに、ジュリアンは捨て駒ってわけね。あいつらにとって本当に大事な物は、  この奥にある。だからどうしても、あたしたちをここで食い止めたい。そのために  はジュリアンなんか死んでもいい。そういうことみたいね。」 フィーナが悔しげに言う。それを聞いてリカードが泣き出す。 「そんな…、じゃ、兄貴は、どうしても助からないってことか…?」 「諦めるな!」 珍しくロシェが声を荒らげる。意外な声に、一同の視線がロシェに集まる。 「ガーネフに魂を奪われている、か。その魂を取り返すことができれば…。」 エルレーンがつぶやく。ユミナがエルレーンを見ないまま、誰にともなく尋ねる。 「どうすればいいの?」 「マリーシアも魂を捕らわれていた。それを取り戻したのはユミナだ。」 「まさか、エルレーン殿、ユミナ様に…?」 掴みかからんばかりの勢いで詰めよるジャックを、エルレーンは制する。 「そうではない。たぶんユミナ様では無理だと思う。レナがいてくれればよかったの  だが…。」 リカードが飛び出す。気づいたプロキオンが引き留めようとするが、間に合わない。 「待て! 死にに行くつもりか!?」 とっさにビラクが馬にまたがり、後を追う。他の兵士たちも慌てて追いかける。  待ちかまえていた盗賊がリカードに襲いかかる。追いついたビラクが、それを迎撃 する。その間にもリカードは、アジトに向かって一直線に走る。  ジュリアンが出て来る。リカードが叫ぶ。 「兄貴! 俺です! リカードです!」 ジュリアンはリカードに向かい、剣を構える。その目はリカードを見ていない。 「おい! こっちだ!」  上空からプロキオンの声が響く。プロキオンは、ことさらに低く飛竜を走らせる。 ジュリアンは標的をリカードからプロキオンに移す。その剣から妖気が発せられる瞬 間、リカードがジュリアンにしがみつく。ジュリアンの手から、ブラッドソードが落 ちる。  二人で転がったまま、リカードがジュリアンに言う。 「ジュリアンの兄貴…。俺、何もできないけど、ただ兄貴の笑顔を見ていたいだけな  んだ。なあ、笑ってくれよ、兄貴い…。」 「…リカード…、お前、そのセリフ、どこで覚えたんだ?」 ジュリアンがリカードを突き飛ばし、殴りかかる。その手をリカードが掴む。 「兄貴、兄貴…。俺です。分かります?」 「分かるよ。俺は男に抱きつかれたくないんだ。なんべん言っても分からないんだな。  やっぱり一度は殴ってやろう。」 「兄貴、よかったよ…。俺、もう駄目かと…。」 リカードが声を上げて泣き出す。 「おいおい。どうしたんだよ。…そういやお前、なんで…。おい! 子供たちはどう  した? 畜生! あの野郎、どこに行った?」 ジュリアンが周りを見る。そして、呆然と立ち尽くしている。 「どうなってんだ…。ここはどこだ…?」  空になった盗賊のアジトで、一行は一夜を過ごす。外ではジュリアンとリカード、 そしてアベルとロシェが焚火を囲んでいる。その脇で、ジャックとイシュターが見張 りをしている。 「…そいつにぶん殴られたところまでは覚えている。でも、その先はどうしても思い  出せない。」 「無理に思い出そうとするな。とにかく、レナたちは皆無事だ。子供たちも。心配要  らないよ。」 リカードは、まだ涙ぐんでいる。 「よかったよ…。俺、兄貴が死んじまったら、生きていけないもん…。」 その言葉に、ジュリアンがリカードの肩を掴む。 「お前なあ、まだそういうことを…。誤解されるからやめろって言ってるだろ! 違  うんですからね。俺には、レナっていう大事な人がいるんですから。こいつは、た  だ、俺の子分で…。」 会話を背中で聞いて笑っているジャックに、ジュリアンが弁解している。イシュター が楽しそうに答える。 「はいはい。レナさんに秘密にしておけばいいんですよね。ね、ジャックさん。」 「だからあ…。」 「子供は黙ってろ、ってさ。」 「ちょっと! ジャックさんまで…。」 耐えきれず吹き出すロシェとアベル。その中で、ジュリアン一人が憮然とした表情を している。 第14章:聖域の守護者  そして翌日。一行はついに神竜神殿に着く。 「ここが…。」 「まさか、本当にあったなんて…。」 エルレーンが、ユベロからスターライトの魔導書を受け取る。 「ここは私に任せてください。」 エルレーンが扉に触れると、扉は音もなく開いた。冷気が静かに吹き出して来る。  一行は黙ったまま、神殿の中に入る。長い廊下が続いている。しばらく歩いている うち、突然イシュターが脅えたように叫ぶ。 「エルレーンさん! 駄目です。行かないでください。神竜が…。」 エルレーンは表情を変えず、答える。 「神竜は怒っている。我々がこの神殿に入って来たことを。我々は多かれ少なかれ、  その中に闇の心を抱いている。闇の心を持つ者を、神竜は追い出そうとしている。」 「エルレーンさん! 分かってるなら出ましょう。」 「ここで諦めたら、ここまで来たことが無意味になる。…たとえ、私がどんな危険な  目に遭おうとも、決して神竜に手出しをしてはいけない。いいな。」 「見殺しにしろ、って言うんですか!?」 「ウェンデル先生は私に、最後の試練を受けろ、と言われた。」 「もう十分、試練は受けたじゃないですか。まだ足りないんですか?」 初めてエルレーンが振り返り、イシュターに笑いかける。 「もし、私が最高司祭としてふさわしい人間なら、神竜は認めてくれる。私に万一の  ことがあれば、それは私が最高司祭にふさわしくない人間だということだ。」 「エルレーン殿! 我々は、次期最高司祭たるあなたを、見殺しにするわけにはいか  ない。私たちが認めているのだ。それで十分ではないか。」 ジャックが反論するのを押しとどめ、エルレーンは毅然として言う。 「神が遣わせた者に、剣を振るうわけにはいかない。」  二つ目の扉を開く。そこには祭壇と、それを守る12匹の竜がいた。エルレーンは スターライトをもう一度持ち直し、部屋の中に足を踏み入れる。竜が近づいて来る。 イシュターが何か言おうとしているが、言葉が出てこない。 「駄目だ…、我慢できない…。」 ジャックが中に入ろうとする。それをロシェが止める。 「ロシェ殿! このままでは…。」 「どうか落ちついて。エルレーンの言ったことを守って。」 「しかし…。」 「…できることなら、使いたくはなかったのですが…。」  ロシェが一本の杖を取り出す。そして、それを捧げ持つ。 「ロシェ! 一体何を!?」 アベルの手にしていた槍が、床に転がる。サムトーがうめくように言う。 「どうしたんだ…? 剣が取れない…。」 祭壇までの道のりの、ちょうど半分くらいの所でエルレーンが振り返り、笑う。 「信用してください、と言ったのに…。」 ロシェが笑い返す。 「すまない。でも、こうでもしないと、落ちついて見ていられないらしいんだ。」 エルレーンは再び祭壇に向かう。ロシェは静かに目を閉じる。  エルレーンは一人、神竜の間をすり抜け祭壇に上がる。ロシェが手にするセイレー ンの杖から、冷ややかな空気が漂い、神竜は攻撃を封じられている。それはまた、ア ベルたちも同じだった。ただ見守るよりほかはなかった。  エルレーンが祭壇にスターライトを捧げる。微かに光を帯びたスターライトに、落 雷のような激しい光が降り注ぐ。そして、ほの暗かった神殿に、真昼のような光が満 ちてくる。低い声が響く。 「光と星に導かれし者よ。今まさに、封印されし光の力は解放された。お前たち自ら  の手で、闇の力を封じよ。」 「誰? 誰なの?」 ユミナが、小さな声ながら、はっきりとした口調で尋ねる。 「我々は光を守る竜。光は常に闇の中に、闇は常に光の中に。二つの力は常に共にあ  る。我々は光を守り、地竜は闇を守る。その二つの力の均衡が破られる時、世界は  滅びる。」 「均衡は破られたのですか?」 「闇の力を取り込んだ存在が、光を打ち破ろうとしている。止めるのだ。光と闇、ど  ちらが勝っても世界は滅びる。神をもって他に、この均衡を守る者はいない。止め  るのだ。」 「どうすれば?」 「この神殿に入ることができるのは、光ある者。闇の力を持つ者は、長くここから遠  ざけられてきた。数千年にも渡る歴史の中で、これほどわずかな間に、二度もその  誓いが破られようとは…。」 それまで黙っていたエルレーンが、口を開く。 「二度…、我々が二度目なら、最初は…?」 「忘れられていた扉が開かれた。我々がこの世界に遣わされ、神は一人の人間を、人  と竜の間を繋ぐ者として定められた。ただその者と、その血をひく者だけが、この  光の神殿と、闇の神殿を隔てる扉を開くことができる。勇者アイオテが現われるま  では、その血筋こそが、このマケドニアの王者だった。だが、その扉はやがて忘れ  られ、神の定めた血筋もまた忘れられた。それから何百年、いや、何千年経ったこ  とか…。だが、その血筋はまだ生き続けていた。封印されし暗黒竜の神殿に入るに  は、いまやその扉を開くしかない。その扉を開いた闇の者がいる。我々ですらあが  なうことのできない力に守られた娘が、その扉を開いた。おそらく今頃は、暗黒竜  神殿で暗黒竜復活の祈りを捧げている。止めるのだ。暗黒竜は、地竜の姿であって  こそ、闇を守ることができる。暗黒竜に姿を変えれば、その力は強くなりすぎ、光  の力は消え去る。その時どのような悲劇が起こるか、お前たちには分かっていよう。  止めるのだ。」  その時、背後から誰かが駆け込んで来る足音が聞こえた。振り返る一行。 「カチュア!」 「姉さん…。アベル、ごめんなさい。マルス様から、全部聞きました。」 「ひどい怪我を…、ここまでたった一人で?」 「大丈夫。エストを返してもらうためなら、このくらい平気です。」 「光と星に導かれし者、そして、伝説の血を受け継ぐ者。お前たち自身の手で、世界  を守るのだ。」  声が遠ざかる。それとともに祭壇の向こう側が開き、階段が現われる。悲鳴にも似 た声で、ユミナが叫ぶ。 「待って! 伝説の血を受け継ぐ者って誰なの!?」 エルレーンが、静かに言う。 「分かりました。全ての謎が。パオラさん、あなたにもお分かりでしょう?」 緊張した面もちで、うなずくパオラ。そして、先頭に立ち階段を降りる。  長い階段を降りた先に、小さな扉がある。パオラは静かにその扉に触れる。扉は、 重い、きしんだ音をたてて開き始めた。 第15章:光、あれ!  その扉の向こうを見て、アベルは凍りつく。パオラとカチュアも息を止める。その 静けさの中で、ジュリアンが叫ぶ。 「エスト! 帰るんだ!」  エストが口を開く。だが、その声はエストの声ではなかった。 「よく来たな。またしてもわしの邪魔をするつもりか?」 「ガーネフ!?」 アベルが、やっとの思いで声を出す。 「だが、今度こそわしの邪魔はさせぬ。わしの魂は、この娘の中にある。この娘を斬  らねば、わしは倒せぬ。それでもお前たち、わしを倒そうと思うか?」 「エストを返せ!」 「哀れなものよの。血を分けた姉妹が、同じ男を愛するとはな。」 パオラが震え出す。その姉を、カチュアが抱きしめて支える。 「この娘は自分の心を持て余し、自分ではどうしようもなくなった。わしは、その苦  しみから解放してやったのだ。感謝してもらわねば困るな。」 「エストの、エスト自身の心はどうしたのだ?」 エルレーンが、努めて冷静な声で尋ねる。 「わしの知ったことではない。だが、魂は消えておらぬ。この体を斬れば、その痛み、  苦しみは、この娘自身のものとなる。それでもこの娘を斬るのか? お前たちには  できまい。さあ、帰るがいい。そして己の無力さを、死ぬまで嘆き悲しむことだ。」  震える足どりでエストに向かうアベル。その手をサムトーが掴む。 「まさか、アベルさん、エストを…?」 その問には答えず、サムトーの手を振り払い、アベルはエストの前に立ち、そして膝 をつく。 「エスト、すまなかった…。僕のせいで君を苦しめた。お願いだ。どうか心を取り戻  してくれ…。」 だが、エストの瞳に光は帰らない。 「君を愛しているのは、僕一人じゃない。たくさんの人が君の帰りを待っている。だ  から、どうか…。もう一度、君の、君自身の声で…。」 アベルがエストを抱きしめ、その肩に顔を埋め、声を殺して泣いている。パオラも両 手で顔を覆い、泣いている。途切れ途切れに言葉が漏れる。 「エスト…、ごめん…。こんな辛い目に…。私が…。」 「姉さん、やめて。誰も悪くない。誰も悪くないんだから…。」  ふと、プロキオンが言う。 「我々は下がったほうがいいかもしれない。」 その言葉に、ジャックが、エルレーンが、一人ずつ静かに扉の外に出て行く。  そんな中、カチュアがエストに向かって呼び掛ける。 「エスト。あなたは少しも悪くない。そんなに苦しまないで。あなたが苦しめば苦し  むほど、私たちは辛くなるだけなの。」 アベルも、一層強くエストを抱きしめ、呼び掛ける。 「君がそうして欲しいなら、僕は君の前から消える。僕が望むことは、君が幸せでい  てくれること、それだけだ。だから、どうか、もう一度笑ってくれ。」 パオラも泣きながら叫ぶ。 「エスト、お願い…。帰って来て。それ以外、何も望まないから…。これ以上、あな  たが苦しむのを見ていたくない…。」  だが依然として、エストの瞳は輝きを失っている。突然、パオラが手にした剣を自 分の喉もとに突きつける。カチュアが慌ててその手を抑える。 「姉さん、何を!?」 「嫌…、これ以上見ていられない…。私がいなければエストだって…。」 「馬鹿なことはやめて! 姉さんだって、少しも悪くない。誰も悪くないのに…。ど  うして、こんなことに…。」 アベルがもう一度、エストに語りかける。 「お願いだ…。もう、姉さんたちを困らせないで…。帰って来てくれ…。頼む…。」  アベルの腕の中で、エストが、眠りから覚めたかのような動きをする。 「エスト!」 「…アベル…? アベル…? どうしたの、私…? 恐い…。助けて!」  パオラとカチュアが駆け寄る。 「エスト!」 「姉さん…。私…私…。」 「何も言わないで…。」 「くそっ…。こんなはずでは…。」 「ガーネフ!? どこだ!?」  扉の外で待機していたエルレーンが、ガーネフの声を聞きつけ、中に飛び込む。他 の兵士たちもその後に続く。 「またしても…。だが今度は、あの光に守られし王子はいない。闇の力に守られたわ  しを倒すことは、どのみちできないのだ。」 エルレーンがスターライトの魔法を放つ。 「何!? それは、封印したはず…。」 「封印は解かれた。ガーネフ、お前は死んだのだ。二度とこの世に姿を現わすな。」 「ふん…。肉体は滅んでも、魂は不滅だ。」 2回目のスターライトを、エルレーンが放つ。 「なぜだ…? なぜ消えない?」 「わしは、肉体を失った魂だけの存在。たとえスターライトといえども、今までのよ  うに簡単には倒せぬ。わしの邪魔をしたこと、後悔させてやろう。」  エルレーンがもう一度スターライトを放つ。それと相撃ちになる形で、ガーネフの 放った暗黒魔法マフーがエルレーンを襲う。エルレーンは壁に叩きつけられた。右腕 を激しく打ち、左手でかばいながら冷や汗を流している。 「くっ…。あと一撃…。あと一撃で…。ユベロ! スターライトを!」 ユベロが床に落ちたスターライトの魔導書を拾い上げる。そこへ、ガーネフはマフー を放つ。スターライトを抱えたまま、ユベロも壁に吹き飛ばされる。 「ユベロ! 大丈夫か?」 「大丈夫。あと一撃は、僕が。」 ユベロが身を低くしながら、ガーネフに向かう。 「ユベロ様! おやめください!」 「ジャック! 他に誰ができるの!?」 「しかし、ユミナ様…。」  その時、エストが剣を片手にガーネフに近づく。エルレーンが叫ぶ。 「やめろ! ガーネフに対抗できるのはスターライトだけだ!」 「私たちの心を弄んで…。許さない…。」 その反対側から、パオラも近づく。 「人の心を食い物にして…。あなただけは許せない…。私の命など、いつでもくれて  やる。でも、その前に、あなただけは倒す。」 アベルが槍を手にする。それは、いつもの槍ではなかった。旅立ちの日、カインがく れた銀の槍。その黒ずんだ鈍い光に、アベルは感じるものがあった。 「たとえ刺し違えようとも、俺は後悔しない。それでお前が倒せるのなら…。」 エストとパオラに挟まれているガーネフに向かい、アベルが突進する。 「馬鹿な奴め…。わしは暗黒の力に守られている。いや、暗黒の力そのもの…。」  アベルが突き立てた槍が粉々に砕け、彗星のように飛び散る。その銀色の光の中で、 ガーネフが断末魔の叫びをあげる。 「こんなことが…? 嘘だ…。わしは暗黒の力。すべての力は無になるはず…。」  銀の粉を前にして、サムトーが言う。 「これもまた、スターライト…星の光…。」 「我々の役目も終わったようだな。…出よう。ここは、守るべき者が守る聖域。長居  は無用だ。」 プロキオンが一行を促す。 「願わくば、この扉が、二度と開かれないことを…。」 パオラが扉を閉める。扉は開いた時と同じ、重い音を響かせ、固く閉ざされた。