プロローグ:友情の銀の槍  アベルとカインは、共にアリティア宮廷騎士団(テンプルナイツ)で腕を競い合っ た仲である。だが、今や宮廷騎士団長になったカインに対して、アベルは数年前の戦 争の後、突然戦線から離れ、小さな店の主となった。その理由は誰も知らないが、カ インと、彼らの師ジェイガンがひどく落胆したことは言うまでもない。そしてその次 の戦争が終わった時、アベルの最愛の妻、エストが突然失踪した。  しばらくは酒びたりの日々を送っていたアベルだが、ある日、アリティア城にカイ ンを訪ねて来る。カインは突然の友の来訪に驚きながらも部屋に招く。 「アベル、久しぶりだな。」 「ああ…。今日は、別れを言いに来た。」 「なんだって?」 「やっぱり俺にはエストが必要なんだ…。思い切って探しに行こうと思って…。でも、  俺ももうずいぶん戦いからは離れている。正直なところ、一人で旅に出て、生きて  帰れる自信はない。だからお別れだ。カイン、お前には世話になった。」 「…こっちへ来い。」 「えっ? どうしたんだ?」  カインは何も言わずにアベルを馬場に連れ出し、備え付けの鉄の槍を渡す。そして、 自身もまた鉄の槍を持ち、馬にまたがる。 「まさか…、俺に、お前を斬れと言うのか?」 「斬れるかどうか試してみるんだな。」  アベルは槍を片手にカインに突っ込む。だが、カインは素早くその手を払う。はじ き飛ばされた槍が土の上に転がる。 「これがあの、『アリティアの黒豹』か…。惨めなものだな。」 「…放っておいてくれ。」 「お前の気持ちが分からないわけではない。だが友人として、お前一人を出すわけに  はいかない。みすみす死なせるわけにはいかないのだ。」 「どうするつもりだ?」 「ここには何人か、若い志願兵が来ている。その中には俺が密かに目をかけている、  素質のある奴が何人かいる。ちょうどいい。あいつらを修行のために、お前につけ  てやろう。それから、弓兵のライアン。あいつもいつまでもアリティアに留めてお  くわけにはいくまい。あいつも兄貴のように、いや、もっといい弓兵になれるはず  だ。そのためには少しでも多く実戦を積ませてやりたい。彼らには俺から話をして  おく。明日の朝、またここに来い。いいな。」  翌朝、アベルはカインとの約束どおり城に来る。カインのもとに、ライアンをはじ めとする若い兵士が集まっている。 「紹介しよう。わがアリティアの新鋭、アーマーナイトのイシュターと、ペガサスナ  イトのロコだ。イシュター、ロコ。俺の親友のアベルだ。今日からしばらくの間、  こいつがお前たちのリーダーになる。アベルのことを俺だと思って、ついて行って  くれ。ライアン。イシュターとロコを頼む。」 「はい、カイン様。ではアベル様、参りましょうか。話は伺っています。」 カインが呼び止める。 「おい、アベル、これを持って行け。」 「銀の槍…?」 「ジェイガン先生の形見だ。お守りになるかもしれないからな。」 第1章:闇の予感  エストの生まれ故郷は、アリティアから南に下った山地にあるマケドニア王国であ る。王女ミネルバが王位を放棄してからは、白騎士団が国を守っている。中でもエス トの姉、パオラとカチュアは国民の信望も厚く、実質的な国の指導者となっている。  一行は、まずはマケドニアの城でパオラに面会を求める。しかし、出て来たのはそ の妹、カチュアのほうだった。 「ああ、カチュア、久しぶりだね。お姉さんは元気?」 「アベル…、あなたって人は…。」 「えっ? どうかしたの? それよりこっちにエストは来ていないか? 戦争の後、  行方不明になってしまったんだけど。」 「知ってます。」 「それで、それからずいぶん探したけど手がかりがなくて…。カチュアなら知ってい  るんじゃないかと思ったんだけど。」 「誰のせいだと思ってるんですか!? …あなたのような人に、エストは任せられませ  ん! たとえどこにいるか知っていても、あなたになんか教えません!」 「カチュア…、どうしたんだ?」 「帰ってください!」  カチュアが城内に消える。アベルが呆然として立っている。他の兵士たちも、あま りのカチュアの剣幕に圧倒され、ただ黙っている。しばらくして、ようやくアベルが 口を開く。 「ここにはいない、ってことか? ミネルバさんの所かもしれないな…。」  それを、そっと窓から見つめている瞳に、彼らは気づいていなかった。  マケドニア王女ミネルバは、王位を放棄した後、妹マリアとともにアリティアとマ ケドニアの国境近くにある孤児院で働いていた。  この孤児院を開設したのは、シスターのレナと、彼女を慕う元盗賊ジュリアン。二 人はかつて、ふとしたことからアリティア軍に加わっていたことがあり、その縁でミ ネルバとも親交があった。アベルたちは、エストが師と仰いでいたミネルバに会うた め、進路を北にとる。  途中、山中で野営をしていた一行のもとに、パオラが現われる。 「パオラ!? どうして…?」 「…アベル…。カチュアにずいぶん怒鳴られていたみたいね。」 「ああ…。一体どうしたんだろう?」 「あの子も心配なのよ。エストが消えてしまって。だから八つ当たりをしているだけ  よ。気にしないで。私も一緒にエストを探しに行くわ。だってあの子、私の大事な  妹ですもの。」  そして翌日、孤児院を訪れた一行を意外な事件が待ち受ける。 「やあ、レナ。皆、元気かい?」 「アベル? ああ、アベルなのね。大変なの…。ジュリアンがいなくなってしまった  の…。」 「なんだって!?」 そこへ一人の男の子がやって来て、アベルに訴える。 「パパが…僕たちが連れていかれそうになったから…。恐いよ…。変なおじいさんが  来て…パパは…。」 ミネルバもやって来る。 「ミネルバ様!」 「あら、パオラも一緒だったの?」 「はい、エストを探しに行こうと思いまして…。」 「そう…。私ね、とても嫌な予感がするのよ。エストがいなくなったことと、ジュリ  アンがいなくなったこと、何か関係があるんじゃないかしら…。」 「まさか、ミネルバさん。だって、ジュリアンにはレナさんが…。」 「そういう話じゃないのよ。子どもたちの話からするとジュリアンは、子どもをさら  いに来た誰かに、代わりにさらわれたらしいの。もしかするとエストも、その人に  さらわれたんじゃないかと思うのよ。私も探しに行きたいけれど、ジュリアンがい  ないのに私までいなくなったら、また何かあった時に危ないわ。だから…、パオラ、  私の代わりに、ジュリアンも探してくれないかしら?」 「はい、喜んで。」 「私からもお願いします。」 レナが頭を下げる。 「様子からすると、司祭のような人につれていかれたらしいのです。だから、ウェン  デル先生がご存知かもしれません。」 第2章:望郷の聖双子  カダインは魔導の聖域として、いかなる国の干渉も受けない自由都市である。ウェ ンデル司祭は、そのカダインの最高権力者である。アベルたちはアリティアを横目で 見ながらカダインに向かう。  先のグルニア王には双子の男の子と女の子がいた。王子はユベロ、王女はユミナ。 ユベロはアリティア王マルスのもとで、将来国を支えるために必要なことを学んでい た。ユミナはアカネイア・パレスの魔導学院で、神職への道を歩んでいた。  その頃グルニアでは、アリティアの支配に反対するグルニア人がグルニア解放軍を 結成、アリティアに対して反乱を起こしていた。その知らせは瞬く間にアカネイア大 陸全土に広まった。  短い休みを利用して、この世にたった一人の肉親、ユミナに会うためアカネイア・ パレスを訪れていたユベロが、魔導学院の教員、リンダを捕まえて尋ねる。 「その知らせはほんとうなの?」 「ええ。でも心配要らないわ。アリティアから派遣されているグルニア防衛軍が、鎮  圧にあたっているそうよ。ただマルス様は、アリティア軍が反乱を抑えたのでは、  グルニアの人々の反感がますます募るのではないかと心配されているの。反乱を静  めるいい方法はないものかしら…。」 リンダはそう言って、溜息をつきながら去っていった。ユベロはユミナと顔を見合わ せる。 「グルニアの人たちは誤解している…。このままでは罪のない人が傷ついてしまう。  どうすれば…。」 「ユベロ、迷うことはないわ。一緒に行きましょう。グルニアへ。」  二人は学院長マリクの目を盗み、パレスを抜け出しグルニアへ向かう。  だがグルニアを目指す二人は、アリティアにほど近い荒野で盗賊団に襲われる。必 死にユミナをかばうユベロ。祈り続けるユミナ。その祈りが通じたのか、力強い味方 が二人の前に現われる。カダインへ向かっていたアベル一行である。背後から急襲を 受けた盗賊団は、たちまち壊滅する。 「アベル、パオラ…。ありがとう。助かりました。」 「どこへ行くつもりだ? まだまだこの辺りも、ああいうならずものが横行している。  二人だけで旅をしようなんて無茶だ。」 「…グルニアで反乱が起きたという知らせを聞いて、じっとしていられなかったので  す。」 パオラがユミナの肩にそっと手を置き、話しかける。 「分かるわ。その気持ち…。ねえ、アベル。エストやジュリアンのことも気がかりだ  けど、ちょっとだけグルニアに寄ってくれないかしら?」 「そうだな…。それにひょっとすると、グルニアに手がかりがあるかもしれない。今  はどんな小さなことでも必要だ。よし、グルニアに行こう。」  グルニア国境近くまで来た一行は、グルニアで一仕事済ませた盗賊たちが逃げ出し てくるのに出くわした。逃げ遅れた一人の盗賊を捕らえてみると、なんとジュリアン の子分、リカードではないか。 「あ、アベルの兄貴じゃないですか。どうも、みっともないとこ見られちまって…。」 「リカード…。お前もいい加減に、盗賊から足を洗ったらどうなんだ?」 「へへへ…。ところで、見逃してもらうわけにはいきませんかね?」 「まあ、話によっては見逃してやらないこともないが…。」  リカードはアベルから、ジュリアンが行方不明になったと聞かされる。 「えっ? それじゃレナさんは?」 「心配している。ミネルバさんは、エストも同じ奴にさらわれたんじゃないかと言っ  てるんだが、それはどうだか分からない。もしそうなら、二人いっぺんに見つかる  んだけどなあ。」 「アベルの兄貴、おいらもついて行っていいかな? ジュリアンの兄貴がそんな目に  遭ったと聞いちゃあ黙ってられない。ここで引き下がったら、兄貴に合わせる顔が  ないもんな。」 「はは…。きっとそう言うと思ったよ。」 こうしてリカードが加わった一行は、グルニア市街に向かう。 第3章:再会と出会い  グルニア市街では懐かしい顔に出会う。かつてともに戦った仲間、そして今ではマ ルスの命を受け、グルニア防衛軍を率いているドーガである。ユベロは早速、グルニ ア国内の状況を尋ねる。 「反乱はどうなっているの?」 「あちこちで暴動が起こっています。抑えるのは簡単ですが、下手にアリティアの兵  力をもって制圧すれば、国民の反感は増すばかりです。そこで、できるだけ国民を  刺激しないよう、小規模な部隊を組んで暴動を抑えるようにしていますが、正直な  ところ、いたちごっこのようなものできりがありません。反乱軍のリーダーを説得  できればいいのですが、彼は全く我々と話し合う気はないのです。」 「誰なの、リーダーは?」 「ジャック、と呼ばれているパラディンです。」 「ジャック? あの、グルニア騎士団にいたジャック?」 「ユミナ様、ご存知なのですか?」 「知ってますとも。王室にも時々、顔を見せていました。私たちにとってはお兄さん  のような人です。でも戦争の時に行方不明になって…。」 「ユミナ、ジャックに会おう。そしてマルス様のことを話そう。きっと分かってくれ  るよ。」 「しかしユベロ様、それは危険です。反乱軍の中には、お二人の顔を知らない者も多  くいます。反乱軍の砦に近づけば、攻撃を受けるかもしれません。まず伝令を出し  ましょう。」 「ドーガ、心配してくれてありがとう。でも、それではかえって警戒されます。」 「では、せめて、…あ、ユミナ様!」  引き留める暇もなく、ユミナがユベロを連れて反乱軍の本拠地へ向かう。慌てて後 を追うアベルたち。  一方こちらは、反乱軍の砦である。見張りの兵士がリーダーのジャックのもとに駆 け込んでくる。 「来ました! 数は多くありませんが、武装した部隊です!」 「ついに来たか…。ここを落とすつもりだな。よし、全員、戦闘態勢をとれ!」  ジャックは砦の最上階で戦局を見ている。反乱軍がアベルたちに攻撃をかける。ア ベルがユベロとユミナに追いつく。 「ユベロ、無理するな!」 「アベルさん、僕たちなら大丈夫。どうか下がっていてください。」  ジャックが敵軍の先頭に立つシスターに目を止める。シスターが最前線に出てくる 戦法など、聞いたこともない。じっと目をこらすジャック。はっ、と気づき、外に走 り出て来る。 「全員、攻撃をやめよ!」 「えっ!? ジャック様…?」 ジャックはその問に答えず、馬にまたがりユミナに向かって走る。 「ジャック…、やっぱりジャックだったのね…。会いたかった。」 ジャックは馬から降り、ユミナの前にかしずく。 「ユミナ様。ご無礼お許しください。」 「いったいなぜ、反乱など…。」 「我ら誇り高きグルニアの民が、アリティアの奴隷になるなど耐えがたき屈辱。私、  命を賭けても、このグルニアをアリティアから救い出します!」 ユベロが膝をつき、ジャックの目を見つめて話す。 「そうじゃない。この国はアリティアの支配下にあるわけではない。グルニアの王は  私。マルス様はまだ若い私のために、学ぶべきことを教えてくださっているのだ。」 ユミナもユベロに並んで、ジャックに話しかける。 「マルス様は、ユベロの次の誕生日に、グルニア王位即位の儀式を執り行なってくだ  さると約束してくださいました。ユベロも、その日までに立派な王になるため、勉  強を続けています。どうか私たちを信じて、そしてユベロが王位に就いたら、あな  たがユベロを助けてあげてください。」 「ユミナ様…、しかし…。」 「私たちも最初は不安でした…。アリティアが私たちの国をどうするのかと。でも…、  そうだわ、あなたもマルス様にお会いになればいい。そうすれば、きっと分かって  くれるでしょう。」 「ユミナの言うとおりだ。マルス様は立派な方だ。ジャックもきっと会えば分かるは  ず。」 「…分かりました。兵は引きます。いずれにせよ、ユベロ様、ユミナ様、お二人はア  リティアにお戻りになるのでしょう? 私もお供しましょう。」  ユベロが、アベルたちをジャックに紹介する。だがジャックはまだ、アリティアの 者には心を開かない。敵意を持った眼差しで見るばかりである。ただ、パオラがマケ ドニア白騎士団の一員であると聞いた時にだけ、その表情が敵意に満ちたものから驚 きの混じったものへと、わずかに変わった。  無言のままのジャックと、アベルの目が合う。アベルが、何を話したらいいものか と考えていると、ジャックのほうが重い口を開いた。 「ユベロ様もユミナ様も、マルス殿は立派な男だとおっしゃるが…、それなら、あの  グラの惨状はどうしたことか?」 「グラの惨状?」 「廃虚となったグラ城は、盗賊の巣窟になっているそうではないか。それをマルス殿  はいつまでも放っておかれる。」 「なんだって? そんなことは聞いていない。」 「聞いていないで済むのか?」 皮肉っぽいジャックの言葉に、アベルが苛立ったように言う。 「分かった。我々が様子を見に行く。ことの次第によっては、我々で決着をつける。」 「ふん、どうだか…。相手は、あの剣士ナバールだ。お前たちがかなう相手とは思え  ぬがな。」 「えっ!? ナバールが!?」 パオラが叫ぶ。ユベロとユミナも、その聞き覚えのある名前に思わず顔を見合わせる。 「そうだ。そんなに驚くほどのことか?」 「アベルさん、僕たちも行きます。どうせ通り道でしょう?」 「ユベロ様、いけません! そのような危険な所へ…。」 「ジャック、ユベロだって国王になれば、もっと危険な目に遭うかもしれないのよ。  それに、ナバールがマルス様の迷惑になるようなことをするなんて、私には信じら  れない…。あの人は恐い人だけど、悪い人じゃないもの。」 「ユミナ様、傭兵とはそういうものです。金を出す者が主。正義や悪などとは無縁の  人間です。」 「とにかく、私は行く。ユベロも行くでしょ?」 「もちろんだ。」 「分かりました…。お二人が行くとおっしゃるのなら、私も参ります。でも、どうか  無茶はなさらないでください。」 第4章:知らされた謎  一行はアリティアの東、グラに向かう。かつては独立国だったグラも、長い戦乱の 中で国力を失った。国民は、豊かで平和な生活が戻ってくることを期待して、遠い昔 にそうだったように、アリティアの一地方になることを望んだのである。もしジャッ クが言うように、グラが盗賊の巣窟となっており、それに対して国王マルスが何の対 策も取らなかったとなれば、グラの民は落胆し、いつまた独立を求める暴動が起きな いとも限らない。  はたして、グラ城は盗賊の住処と化していた。城下町の住民は脅えるように暮らし ている。アベルは配下の兵士たちに突撃命令を下し、その一方で傭兵ナバールを探す。  アリティア軍来襲の知らせに、あわてふためく盗賊たち。城の中からキルソードを 手にした傭兵が現われる。ナバールだ。アベルがナバールに向かって走る。 「ナバール! なぜ、こんな奴らの用心棒を…。その剣、俺に預けてくれ!」 「…かっこつけやがって…、似合わないぜ。」 ナバールの剣がアベルに降りかかる。アベルが身をすくめる。剣は、アベルの肩の際 で止まった。 「…なーんてね。また間違えましたね。アベルさん。」 「なにっ!? サムトー…。お前、サムトーか!?」 「驚きました? やだなあ、冗談ですよ。まだ顔色が青いですね。大丈夫ですか?」 「大丈夫だ…。でも、どちらにしても、だ。こんな盗賊団の用心棒をやってるなんて、  許さないぞ!」 「おや、僕とやり合うつもりですか? やめたほうがいいんじゃないですか?」 アベルが言葉に詰まる。その間にも、アリティア軍は盗賊討伐の手を緩めない。行き がかり上、ジャックも一緒に戦っている。 「言いたいことは分かりますよ。でも、僕だって生きていかなきゃならない。盗賊だ  ろうがなんだろうが、僕の腕に金を払ってくれるなら、僕は戦います。…なんてね。  ほんとうは奴らは、僕のことをナバールと思って雇ったみたいですけど。ナバール  じゃないと知れたら、クビかもしれないな。」 「だったら、いっそクビになってくれ。俺がお前を雇う。」 サムトーが笑う。 「まあ、それもいいでしょうね。僕だって、盗賊の仲間よりはアベルさんたちと一緒  のほうがいい。」 「よし、契約成立だ。」 「じゃ最初の仕事として、こいつらを退治して来ましょう。奴ら威張っているだけで、  ほんとうは全然大したことないんですよ。それよりさっき、妙なドラゴンナイトが  飛んで来て、あの村のあたりに行ったようです。ここは僕に任せて、ちょっと見て  きてもらえませんか?」  アベルはサムトーが指さす集落に向かう。広場で一人のドラゴンナイトが、飛竜の 首をなでている。やがて、ひずめの音に気づき振り返る。アベルが尋ねる。 「誰だ?」 「誰…か。私が聞きたいくらいだ。」 「何者だ? 盗賊の一味か?」 「いや。別に怪しい者ではない。それよりも、アリティアのアベルという男を知らな  いか?」 「私だが?」 「そうか。グルニアのユベロ王子も、貴殿と一緒か?」 「なぜそんなことを聞くのだ?」 「アカネイアのマリク殿から、貴殿に届けるよう頼まれた物がある。」 男は上着の内ポケットから、一冊の魔導書と、手紙を取り出す。 「手紙はアベル殿に、本はユベロ王子に渡してくれ、とのことだ。」 「マリクが? なぜ我々がここにいると?」 「さあ、知らぬ。何も聞かなかったからな。私の役目は終わりだ。頼まれた物は確か  に渡したからな。」 アベルがしげしげと魔導書を見ている間に、ドラゴンナイトは飛び去ってしまった。  アベルが城に戻った時には、既に盗賊の始末は済んでいた。アベルは魔導書をユベ ロに渡し、自分は手紙を広げる。 「ユベロ、マリクから贈り物だ。」 「マリクさんが? 僕に?」 「誰かが届けてくれたの?」 ユミナが尋ねる。 「そうだ。」 「どうして、ユベロがここにいるって分かったのかしら?」 「俺も不思議だったんだが、これを持ってきた使いの男も、知らないと言っていた。」 ユベロは指で一文字一文字追うように読んでいたが、突然声を上げる。 「これは…、大地の魔法、メガクエイクの書だ!」 「嘘…、大地の魔法は、大昔に失われたんじゃないの!?」 「間違いない。マリクさんはついに見つけたんだ。幻の、大地の力を操る呪文を。」  大地の力を引き出し、自分の物にする呪文。それは、あまりにも強い破壊力を持っ ていたため、大賢者ガトーが封印したと伝説に語り継がれている。これまで何人もの 優秀な高司祭が、その呪文の謎を解き明かし、復活させようとした。しかし誰一人と して、それに成功した者はいない。その謎がついに解き明かされたのだ。ユベロは魔 導書をそっと閉じ、大切な物を抱く手つきで表紙に手を置いた。  その脇で手紙を読んでいたアベルの顔が青ざめていく。それに気づいたパオラが手 紙をのぞき込む。サムトーが声をかける。 「どうしたんですか?」 「エストに危険が迫っているらしい…。」 「エストに? エストがどうかしたんですか?」 「エストはこの前の戦争の後、突然姿を消したんだ。」 「ふーん。喧嘩でもしたんですか?」 「そんな暢気な話じゃないのよ。…邪悪な魂に捕らわれている、ってどういうこと?」 「分からない。そこまで詳しくは書いてないんだ。」 今度はユベロが尋ねる。 「その手紙には、なぜ僕にメガクエイクの魔導書をくれたのか書いてないの?」 「それも書いてないな。ただ、ユベロ王子とユミナ王女が俺と一緒にグラに向かって  いる、とガトー様が示してくれたらしい。」 「ユミナに、パレスに早く帰って来いって言ってる?」 「うん…? そういえば書いてないな。」 「ねえ、それって、僕たちもアベルさんと一緒に行け、という意味じゃないかな?」 ジャックが、やれやれ、という顔で言う。 「お止めしても無駄でしょうね。私もお供いたしましょう。命に代えても、お二人は  私がお守りします。」  話が途切れた所を見計らって、サムトーが話しかける。 「そういえば前に傭兵仲間から聞いた話なんですが、どこだかの山の中に、若い女の  ペガサスナイトが、たった一人でいたらしいですよ。」 「まさか、エストか?」 「さあ? なんでも、黒いローブの司祭と話をしていたとか…。」 「司祭か…。」 パオラがアベルの顔を見る。 「やっぱり、カダインに行ったほうがよさそうね。」 第5章:妨害者  ユベロを乗せたパオラと、ユミナを乗せたロコのペガサスが空を舞う。優雅に見え るのは、下を歩くアベルたちの速度に合わせてゆっくりと飛んでいるからだろう。  そんなささやかな空の散歩の中、ユミナが悲鳴を上げる。森の中から矢が飛んでき たのだ。パオラが間一髪避ける。 「弓兵だわ! ロコ、降りて!」  一方地上のほうでも、剣をふりかざした傭兵崩れのならず者がアベルたちを取り囲 む。 「地の利は向こうにあります! 一刻も早く突破を!」 サムトーが叫ぶ。ジャックが先頭に立って道を切り開く。  イシュターが遅れた。重い鎧は森では不利だ。必死に歩く彼の前に、一人の女性が 現われる。 「かわいい坊やじゃないの。でも、ごめんね。これも仕事なのよ。」 女が切りつける。その剣は、信じられないほどの鋭さでイシュターの鎧を傷つけた。 「おい…、嘘だろ…。」 反撃するイシュター。しかし、女は身軽にかわす。 「おい、フィーナ、いい加減にしろ!」 イシュターの背後でサムトーの声が響く。フィーナ、と呼ばれたその女性が、はっと した顔でサムトーを見て、そして笑う。 「サムトーね。まだナバールの真似してるの?」 「へえ、よく分かったな。」 「分かるわよ。…ってことは、あんた、こいつらの仲間なの?」 「そうだ。俺と戦うか?」 「気乗りしないわね。…ちょっとあんたたち、休んでな。あたし、こいつと話がある  の。勝手に動いたら承知しないよ!」 ならず者たちが攻撃の手を止める。その間にイシュターが逃げ出す。 「狙いは金か?」 「頼まれたんだよ。ここを通る騎士様をぶっ殺せって。」 「物騒だな。」 「あんたたち、何か恨まれるようなことでもしたの?」 「知るか、そんなこと。ほら、マケドニアのエスト、覚えてるか?」 「ああ、あの子ね。元気にしてるの?」 「いなくなった。」 「えっ?」 「俺もよく分からないんだけどな。ガトー様がどうしたとか、邪悪な魂がどうしたと  か。で、まあ、俺たちも付き合うことになった。」 「あたし、頭悪いのかな。なんだかさっぱり分からないや。」 「俺にもさっぱり分からない。とにかく、なんだか良からぬ企みがあるらしい。お前  に、俺たちを殺せって言ってた奴が黒幕かもしれないな。」 「ふうん。そういえば、なんだか不気味な男だったよ。首尾良く行ったらカダイン砂  漠の東の山まで来い、って言ってた。そこで礼金をもらうはずだったんだ。」 「なるほどね。ところでどうするんだ? アベルはもう行っちまったぞ。傭兵の邪魔  が入ってしくじりました、とでも言いに行くのか?」 「へえ、あいつがアベルねえ…。なんだか変わったみたい。分からなかったもの。  …ああ、そういうことか。エストを探してるんだっけ。逃げた女は追うもんじゃな  い、って言っときな。」 「だから、エストは逃げたんじゃなくて、さらわれたのかもしれないんだ。それから  盗賊のジュリアン。あいつもさらわれた。」 「さらわれた!? なんだよ、それ。で、その、あたしに仕事を持って来た奴が黒幕  だって? 冗談じゃないよ。それじゃあたしも、その片棒担いでたってこと?」 「エストのほうは、さらわれたと決まったわけでもない。でもジュリアンは証人がい  るんだ。間違いなくさらわれたんだ。」 「…あんたたち、もしあの男が来たら、あたしがしくじったもんで逃げられたと言っ  といてくれ。もうあんたたちとはおさらばだ。後は勝手にしな!」 風のようにフィーナが去る。その後を、サムトーが追う。  思わぬ妨害を受けながらも、ようやく一行はカダイン神殿に到着した。そしてウェ ンデル司祭と、彼の一番弟子であるエルレーンに迎えられる。 「アベルか。久しぶりじゃな。」 「お久しぶりです。…あの、実は、お伺いしたいことがあるのですが。」 「何か困ったことが起きたのかな?」 「ええ…。エストが行方不明になったことは、ご存知だと思います。そしてその後、  ジュリアンが何者かにさらわれたのです。それで私たちが探しているのですが、マ  リクから妙な手紙をもらいまして…。エストが邪悪な魂に捕らえられている、と言  うのです。それから、ジュリアンをさらったのは、司祭のような人らしいのです。」 「エストも、最後に姿を見た者によれば、黒いローブの司祭と一緒だったそうです。」 パオラが付け加える。 「そうか。やはり、な。」 「やはり、とは?」 ウェンデルが不安気な顔で言う。 「おそらく、闇の者の仕業であろう。」 「闇の者?」 「闇の司祭、ダークマージが現われている。何かが狂い始めているのだ。」 「しかし、闇の司祭はこの前の戦争の時、この世界から消えたのではないのですか?」 「封印が解けたのかもしれぬ。あるいは、我々の知らない、この世界と闇の世界を繋  ぐ道があるのかもしれぬ。」 「我々はどうすれば…?」 ウェンデルが、しばらく考えてから言う。 「エルレーンよ。最後の試練を受ける勇気はあるか?」 「最後の試練?」 「そうだ。いずれお前は、このカダインを背負って行くことになる。だがお前には、  まだそれだけの心は備わっておらぬ。その心を得るために、私から離れ、自らの力  で道を開く機会を与えよう。この試練に耐え、再びこの地に戻って来る時、お前は  カダインを、この世界を背負って行く心を得ているだろう。」 「…はい。先生のご期待に沿えるよう、がんばります。」 「では、アベルよ。エルレーンを頼む。」 第6章:狙われた封印  先の二つの戦争はいずれも、闇の司祭ガーネフが仕組んだものであった。ガーネフ は、封印されし暗黒竜メディウスを目覚めさせ、その力によって世界を我が物にしよ うと企んだのである。だがガーネフは、大賢者ガトーのもたらしたスターライトの魔 法により死んだ。そして、その配下にあった闇の司祭たちも皆、その時に死んだはず。 しかし、ウェンデルは闇の司祭が復活していると言う。それは、すなわち、闇の力が 復活していることを意味する。あの悪夢のような日々がまた繰り返されるのか…。 「とにかく、ラーマン神殿の様子を見ましょう。まさかとは思いますが、封印の盾に  何かあったのかもしれない。」 エルレーンが言う。その言葉に、ユベロが不安そうに尋ねる。 「封印の盾が盗まれたりしてないだろうか?」 「それはないと思います。もしなくなっていれば、もっと大きな異変があるはずです  から。」  アベルたちは、カダインとグルニアのほぼ中央にあるラーマン神殿に向かう。神殿 に着いた彼らは、宝物目当てらしい盗賊団を見つける。 「しまった!」 「落ちついて。まだ封印の盾は無事よ。」 あわてるアベルをパオラが制する。ジャックが指揮を取る。 「アベル殿。相手は盗賊、恐れることはありません。ただ、神殿の中には入れないよ  うに。エルレーン殿はユベロ様とユミナ様をつれて神殿のほうへ。後の者は、盗賊  を撃退する。深追いはするな。」  盗賊との戦闘をくぐり抜けながら、エルレーンが神殿へ向かう。その後をユベロ、 ユミナ、そしてリカードが追いかける。リカードが控え目にエルレーンに話しかける。 「あのう…、エルレーンさん。」 「なんだ?」 「こいつら、なんですけどね。昔の仲間が混じっているみたいなんですよ。」 「まったく…。ロクな友達と付き合ってこなかったんだな。」 「いや、そうでもないです。そうじゃなくて、どうもおかしいんです。なんて言うか、  人が変わっちまった、と言うか。だって、目が合っても、気づいてないみたいなん  です。…言っちゃなんですけど、おいらたち盗賊っていうのは、付き合いは大切に  するもんなんです。だから、気づいてて無視するはずないんですよ。」 「忘れられてるんじゃないのか?」 「そうですかねえ…。そんなもんですかねえ…。」 リカードが、いかにも寂しそうに言う。エルレーンが横目で盗賊たちを見る。 「…いや、お前の言うとおりかもしれない。」 「えっ?」 「あの目は、自分の意志を持った人間の目ではない。」 それだけ言って、またエルレーンは口をつぐみ、歩き続ける。  エルレーンが神殿の扉を開ける。幸いまだ中は荒らされていない。他の3人を神殿 の中に入れ、エルレーンは再び扉を閉める。 「外が落ちつくまで、ここで待っていよう。」 リカードが話しかける。 「さっきの話の続き、していいですかね?」 「ああ。あの盗賊たち、誰かに操られているような気がする。」 「誰、ですか?」 「それは分からない。だが皆、魂を抜かれたような顔をしている。気の毒だな。自分  のしていることも分からず、ただ死にに来たようなものだ。」 「助けることはできないんですか?」 ユミナがエルレーンに尋ねる。エルレーンは黙ったまま、祭壇に向かう。そして、し ばらくじっとしていたが、力なく振り向く。 「だめだ。邪気が強すぎる。もう少しで分かりそうなのに…。」 「ガトー様が?」 「ガトー様のお声が聞こえそうなのに…。いや、聞こえているんだ。それが、誰かに  遮られている。もう少し、奴らを遠ざけてくれればいいんだが…。」  エルレーンは祭壇から降り、封印の盾に異常がないことを確かめ、それからユベロ たちの側に戻る。ちょうどその時、外でジャックの声が聞こえる。 「おーい。エルレーン殿。開けてくれ。」 「へいへい、ただ今。」 エルレーンが動き出すより早く、リカードが扉へ走る。 「盗賊は?」 「皆、撃退しました。何人かは傷を負いましたが、かすり傷程度です。」  ややあって、エルレーンが扉の所までやって来る。 「アベルを、アベル殿を呼んで来てもらえないか?」 「どうかいたしましたか?」 「ガトー様がお呼びだ。すぐにアベル殿を、ここへ。」 ジャックがアベルを呼びに行く。ユミナが不思議そうにエルレーンに尋ねる。 「聞こえたの?」 「ああ。ガトー様は、直接アベルと話をしたいとおっしゃっている。」  しばらくして、アベルが駆け込んで来る。 「ガトー様が呼んでいるって?」 「この祭壇に。ここに上がれば、直接話ができるはずだ。」  エルレーンに促され、アベルが祭壇に上がる。アベルの意識の中に、大賢者ガトー の声が直接響く。 「アベルよ。お前は助けを求めていたな。」 「ガトー様!? これは…。」 「魔導の力じゃよ。マルスの時と同じじゃ。」 「僕は…、僕には分かりません。エストのことも、ジュリアンのことも。マリクは分  かったようだけど…。」 「なに。マリクもまだ、全てが分かったというわけでもない。わしとて全てが分かっ  ているわけではない。ただ、確かなことは一つある。あの、ガーネフを信仰する邪  教の集団がいる。あの盗賊たちはその邪教徒の差し金で、ここへ封印の盾を取りに  来ていたのだ。ウェンデルが扉に封印をしていたために、中へ入ることはできなかっ  たがな。」 「僕たちは、なぜ…。」 「エルレーンはウェンデルの後継者。封印の解き方くらいは知っておろう。」 「これから、僕たちはどうすればいいのですか?」 「邪教の神殿がこの世界のどこかにある。だが、どこかは分からぬ。彼らは、辺境の  国々から支配しようと企んでおる。そして、やがてはアカネイア聖王国を。オレル  アンへ急ぐのじゃ。今まさに、オレルアン王国が奴らの手に落ちようとしておる。」  ガトーの声が遠ざかる。ユベロとユミナが、互いに顔を見つめ合う。 「私にも聞こえたわ…。」 「僕にも…。」 その後ろで、リカードがつまらなそうに言う。 「なんだ、聞こえなかったのは、おいらだけか。」 エルレーンが笑う。 「心配するな。魔導の心得のない者は、アベル以外、誰も聞こえなかったはずだ。な  あ、サムトー。」 「ええ、僕にも聞こえませんでした。」  アベルが、自分を励ますように言う。 「よし、オレルアンに行くぞ。」  ラーマン神殿を後にする一行。パオラがエルレーンに、ぽつりと言う。 「私には聞こえたわ…。」 「それは…。いや、なんでもないです。急ぎましょう。置いていかれますよ。」 言葉を濁すエルレーン。パオラが大空へ向かう。 第7章:惜別、狼騎士団  オレルアンはアカネイア聖王国の北、山に囲まれた草原の国である。アベルたちは 一路オレルアンへと向かう。そんな彼らの前に、見覚えのある騎士が現われる。かつ てオレルアン騎士団、別名「狼騎士団」の一員であったロシェである。  オレルアン王の弟、ハーディンは、アカネイア王女ニーナと結婚してアカネイア聖 王国の王となったが、闇の力に操られて他国を侵略した。これが先の「英雄戦争」の 発端である。ロシェは、ハーディンがアカネイア王になる前から長く彼に仕えてきた 騎士であったが、この英雄戦争ではハーディンと敵対することになった。英雄戦争は ハーディンの死によって終結したが、この後、なぜかロシェは行方をくらませた。噂 によれば、ハーディンの霊を弔うため、騎士の地位を捨て神に仕える道を選んだのだ とも言われている。 「ロシェ! ロシェだろう? 久しぶりじゃないか。」 「ああ、アベル…さん。お久しぶりです。」 「今までどうしてたんだ?」 「まあ、その…。別に何も。旅をしていただけです。」 パオラは、ロシェが何かを言おうか言うまいかと悩んでいる様子に気づいた。 「ロシェ、どうかしたの?」 「いえ…。」 「…オレルアンの方から、変な空気が流れてくるわ。」 ユミナが不安そうに言う。ロシェがユミナに目をやる。 「…分かりますか?」 「分かるの、あなたにも?」 「ええ。今の私は騎士ではなく僧侶です。神に仕える身です。まだ駆け出しですが。」  沈黙が流れる。その沈黙を破ったのはロシェだった。 「オレルアン王が呪殺された、という噂を耳にしたんです。」 アベルが息を飲む。 「…間に合わなかったか…。」 「間に合わなかった?」 ロシェが怪訝そうに尋ねる。アベルが、ガトーから聞いた話を伝える。 「そんなことが…。」 再び沈黙が流れ、そしてまたロシェが口を開く。 「アベル…、頼みがあるんだ。一緒にオレルアンを救ってくれないか。」 アベルは黙ってうなずく。  オレルアン城下に着いた一行を迎えたのは、何者かに魂を捕らわれたオレルアンの 兵士たちだった。ロシェがその中に、親友だったビラクを見つける。 「ビラク! 僕だ、ロシェだ。一体何があったんだ!?」 ビラクがロシェに気づく。 「ロシェ! どこに行ってたんだ!?」 「いや…、その…。それより、この騎士団は…。」 「2週間前、休暇をもらって故郷に帰ったんだ。戻って来た時には…。」 「陛下は?」 「分からない。戻ってから今まで、お会いしていない。」 「ウルフやザガロは無事か?」 「それが…、皆、何かに憑かれたような顔をして…。恐ろしくて逃げようかとも思っ  たけど、やっぱりそういうわけにもいかなくて…。」 「たぶん、アベルたちがその謎を解いてくれると思う。」 「そうしてくれるとありがたい。そうだ、僕も味方する。オレルアン軍の皆は大事な  仲間だけど、このままでは一緒に戦えないよ。」  ようやく一行は城までたどり着いた。攻撃をかけようとするアベルをロシェが制す る。 「城を守っているのはウルフだ。僕が行く。話せば分かってくれると思う。」 「無理するな。我々が背後を固める。危なくなったら無理せず退却しろ。」 ジャックが指示する。  ロシェが単身城門に向かう。その後を目だたぬよう、ジャックとライアンがついて 行く。堅く閉ざされた城門の向こうで、ウルフが一人、城を守っている。ロシェが城 門越しに声をかける。 「ウルフ! 聞こえるか? 僕だ。ロシェだ。僕たちは城を落としに来たんじゃない。  話し合おう。聞こえたら返事をしてくれ。」 ウルフが、返事をする代わりに城壁の上に飛び乗る。そしてロシェを見おろす。 「ガーネフ様に逆らう者は殺す…。」  ウルフの放った矢が、まっすぐロシェに向かってくる。ロシェはとっさに手を出し、 矢を避けようと炎の魔法を放つ。炎は矢を焼き尽くし、そのままウルフの体を包んだ。 ウルフの体が城壁から落ちる。 「しまった!」 ロシェが駆け寄る。全身を激しく打ちつけ、ウルフは虫の息である。回復の杖を取り 出そうとするロシェの手を、ウルフは意外な力で押し止めた。 「ロシェか…。しばらくぶりだな…。」 「喋るな! 今、回復の術を…。」 「よせ。…やっと解放されるんだ…。それに、今更回復の魔法を使っても無駄だ。ど  ちらにしても俺はもう長くない。魂をむしばまれ、次は体を…。陛下も…。俺は陛  下を守れなかった…。あの時も、ハーディン様を…。あの女だ…。あの女が来てか  らだ…。なぜ、どうしてもっと早く気づかなかったのか…。ロシェ、俺は、やっと、  お前の気持ちが分かった。でも、遅すぎたな…。後のことは頼む…。」 「ウルフ! …そんな…。冗談だろ。目を開けてくれよ…。ウルフ!」  静かになった草原に、ロシェのすすり泣く声が響く。