第1章  風の吹く日に  ここはアリティア国王、マルスの部屋。一度は宮廷騎士団を抜けたアベルが、親友 カインに伴われ、マルスの前に現れた。 「…そうか。きっと帰ってきてくれると思っていた。待っていたよ。」 マルスはアベルに向かい、親しげな笑みを浮かべた。ややうつ向き加減に、おどおど とした顔つきをしていたアベルも、その表情を見て何かふっきれたようだ。 「僕は…、今でもエストを愛しています。でも、もっと大切な使命がある、そう思っ  て…。自分でも勝手だと思っています。それでも、やっぱり、アリティアの…、い  え、このアカネイアのために…。」 マルスは、アベルに最後まで言わせなかった。 「水臭いよ。僕たちはずっと待ってたんだ。また前のように、宮廷騎士団に加わって  くれるよね。」 アベルはゆっくりとうなずいた。  それからしばらく三人で歓談し、アベルとカインはマルスの許を去った。その後ろ 姿を見送り、マルスは呟く。 「もっと大切な使命…。…姉さん、僕は間違ってないよね…?」  城の二階では、王妃シーダが物思いにふけっていた。そして突然、何かが砕ける音 が聞こえ、シーダは飛び上がりそうになった。辺りを見回すが、何も変わったことは ない。 「…まただわ…。」  シーダは胸を押さえ、息が荒くなるのを懸命に抑えようとした。  「ファイアーエムブレム」…それは、アカネイア王家に伝わる王家の紋章。王家を 守る、不思議な力を秘めた紋章。だがその力を使った者は、最も大切な人を失うとい う悲しい伝説がある。  先の戦争の中、ファイアーエムブレムを手にアカネイア大陸を、そしてアリティア 王家を守ったマルスは、だが、彼が最も愛した人、シーダを失うことはなかった。伝 説は断ち切られたはずだった。しかし、その伝説の悲運を負ったのは、マルスではな く、姉エリスであった。  アカネイア王家を失い、拠り所をなくしたアカネイア大陸の国々を平定するため、 マルスは「アカネイア連合王国」を結成し、自らその盟主となった。そして、その指 導力を強固なものとするため、たまたま戦争終結後に北の軍事大国メラネーロ帝国か ら持ち込まれた、かの国の皇太子とエリスとの縁談をまとめて、姻戚関係を結んだの である。エリスには、相思相愛の恋人マリクがいた。マリクはマルスの幼なじみ。そ れにも関わらず、マルスは二人を引き離し、エリスをメラネーロに送り出した。人は、 マルスは姉を売ったのだと言う。マルス自身、それは否定しきれなかった。エリスは その縁談を断ることもできた。だが、彼女は言った。 「私たちには、もっと大切な使命がある、ということね…。」  その日から、シーダは幻の音を聞くようになった。自分の身代わりになったエリス。 そしてマリク。なぜ、もっと強く反対しなかったのだろう? 二人は、決してマルス もシーダも責めなかった。それがむしろ辛い。  あの時、シーダはマルスには黙って、カダイン神殿に住む最高司祭、ウェンデルに 相談した。ウェンデル司祭は、シーダにこう言った。 「つまらない伝説ですな…。人には、断ち切るべき運命もあるのですよ。」  それでもなお、シーダはその縁談を断るべきだ、とはマルスに言えなかった。アカ ネイアの平和を守るため、というマルスの考えのほうが正しい気がしたのだ。所詮は 他人事。もし、自分がエリスの立場だったら…。そう考えれば、答は明らかだったの に…。  そのウェンデル司祭も今は亡い。今、カダイン神殿を守る最高司祭は、ウェンデル の許でマリクとともに修行を積んだエルレーンである。エルレーンは、アカネイアパ レスの魔導学院に住み込んでいるマリクに、再三にわたりカダインに来るよう使者を 寄こしている。マリクとエリスが二人で設立した魔導学院。その思い出の場所にいつ までも留まっていては、マリクの心は癒されまいという配慮なのだ。かつては憎しみ すら抱いた相手をそこまで気遣えるエルレーンが、シーダには羨ましかった。  風の音がする…。だが、シーダは知っていた。風など吹いてはいない。聞こえてい るのは、自分自身の中に吹く風の音なのだ。  ちょうどその頃、カダイン神殿で、エルレーンもまた風の音を聞いた。 「…風…? いや…、違う…。何の音だ…?」 心の中で問いかけながら、エルレーンは窓辺に寄る。白い雲がうっすらと黒ずんで見 える。 「何か良くないことが…?」 その予感は、現実になった。 第2章  争いへの序奏  それから数日後。グルニア国王就任を間近に控えた王子ユベロが、忽然と姿を消し た。グルニア騎士団長のジャックは、配下の騎士たちに極秘にユベロの行方を探るよ う命じたが、成果は上がらなかった。やがて、ユベロの失踪は国民にも知られるとこ ろとなる。 「…馬鹿なことを。」 「しかし、他に考えられますか? アリティアはかねてから、グルニアの支配を求め  ています。あの、グルニア防衛軍がなによりの証拠。なんのために、アリティアは  グルニアに派兵しているのですか? 何に対して防衛をしようと?」  ジャックは机に置いた自分の拳を見つめていた。彼に向かい熱弁を振るっているの は、グルニア騎士団軽装歩兵部隊長のダニエルである。 「だからと言って、彼らがユベロ様をさらったという証拠もない。」 「しかし、一番疑わしいのは、やはりアリティアです。次はきっと、ユミナ様が…。」 王女の名を聞き、ジャックは視線を上げた。それに促されるように、ダニエルが続け る。 「ユミナ王女の護衛を務めているのは、アリティアの天空騎士だとか。なぜグルニア  の兵をつけてくださらなかったのですか? このままではアリティアの思う壷では  ないですか。」 「ロコのことか。あれは、今はアリティア騎士団には属していない。いわば、ユミナ  様お一人に仕える騎士だ。疑うに値しない。」 「私は信用しかねますね。ただちにユミナ様を呼び戻し、保護すべきです。」  ジャックは再び視線を落とす。ダニエルがたたみかけるようにジャックに訴える。 「そして、グルニア防衛軍の者は、ユベロ様殺害の罪により…。」 ジャックが険しい目つきでダニエルを睨み付けた。 「殺害? 短絡的すぎるな。」 「…あ、では、ユベロ様誘拐の罪により、死刑に処すべきです。」  ダニエルは、答を求めるようにジャックの顔を覗き込む。だが、ジャックは黙った まま身じろぎもしない。  長い沈黙の後、ようやくジャックは口を開いた。 「…分かった。グルニア防衛軍は全員、城の空き部屋にでも監禁しておけ。処刑は、  明日を一日目として、七日目に行う。」 「七日も…?」 「奴等は人質だ。もしアリティアの仕業なら、取引に使える。それから、至急アリティ  アに伝令を出せ。異存があるならグルニアに出向くように、と。」  その翌日、早速マルスがジャックの許に現れた。ジャックに詰め寄るマルス。 「何を証拠に…。」 「やったという証拠もない。だが、やらなかったという証拠もない。」 「ジャックだって知っているだろう? イシュターやアレフがユベロ王子をさらうな  んてことがありえると思うのか?」 「感情の問題は抜きにしたい。」  マルスはジャックに向かい、危うく罵声を浴びせるところだった。だが、その目を 見て思いとどまった。苦渋の色。グルニアの最高権力者はジャックではない。彼一人 がこの国を動かしているわけではないのだ。  ジャックはじっとマルスを見つめ、そして言った。 「まだ時間はある。」 「…あと六日…。あと六日で証拠を探せばいいんだね。」 ジャックがうなずく。 「私もできるだけのことはさせてもらう。」  一方その頃、グルニア騎士団軽装歩兵部隊、別名「グルニア傭兵隊」のサムトーと ターナーが、アカネイア大陸の東端に位置する港町、ワーレンに向かっていた。 「おい、サムトー。ユミナ様がワーレンにいらっしゃるっていう根拠はあるんだろう  な?」 サムトーは足を止めず、歩きながら宙に地図を描いた。 「ユミナ様とロコは、こうやって大陸の西から東へと動いてるんだ。ところが、ワー  レンには寄らずに、アカネイアからいきなりタリス島に渡っている。なぜか? そ  れは、タリスからオレルアンに向かう途中で、ワーレンに寄るつもりだから、だ。  だから、次の目的地はワーレンに間違いない。」 「…なるほどね。」 「行き先を告げずに旅をしているのは、待ち伏せされて襲われるのを警戒してるんだ  ろうが、見え見えだな。もう少し頭を使うように言っておくか。…あ、ロコのこと  だぞ。」 「そんなことは聞いてないぜ。それにしても、お前の人脈っていうのは、噂には聞い  ていたが大したもんだな。」 「まあ、人徳ってとこかな。」  処刑の日まで、あと六日…。 第3章  走り出す歯車  マケドニアを治めるのは、元白騎士団の司令官であったパオラ。彼女はかつて、妹 のカチュア、エストとともに「ペガサス三姉妹」と呼ばれ、美しき天空騎士として、 アカネイア大陸の隅々にまでその名を響かせた。先の国王ミネルバとその妹マリアが ともに王位を放棄した時、誰からともなくパオラを次の国王に、との声が上がったの も当然の成り行きであった。やがてその声に応えるかのように、ミネルバが国王の最 後の仕事として、彼女を正式に国王に任命した。そして、カチュアとエストも、パオ ラの側でマケドニアのために力を尽くすこととなった。  そのパオラが、姿を消した。ユベロと同じように…。  パオラの身の回りの世話をしていた女官が、カチュアの前で震えている。 「…申し訳ございません…。」 「いいのよ…、あなたのせいじゃないわ。それより、誰かが出入りする音は聞こえな  かった?」 「それが…、全く…。昨夜はいつになく風が激しくて…。」 「…そうだったわね。あの音じゃ、多少の物音がしてもかき消されてしまうわ…。」 「姉さん…。」 エストが心配そうな顔でカチュアの方を見る。 「エスト、グルニアに行って、ジャックに相談してみて頂戴。あの人なら、きっと私  たちに力を貸してくれると思うの。…マルス様にも報告したほうがいいのかしら?」  アリティア王国がグルニアのユベロ王子をさらった、あるいは殺害したという噂と、 その罪によってアリティアから派遣されていたグルニア防衛軍の隊員たちが囚われて いるという知らせは、マケドニアにも伝わっていた。まさかアリティアがユベロ王子 を亡き者にしようと考えているとは、カチュアも信じたくはなかった。だが、心の隅 に疑いの芽が生まれている。  かつて、グルニアとマケドニアはアリティアと敵対する関係にあった。その歴史を 考えれば、アリティアがグルニア王国とマケドニア王国を滅ぼす考えがないとは断言 できない。パオラを連れ去ったのもアリティアであるとすれば、アリティア国王であ るマルスに相談したところで、こちらの弱みを見せるだけにすぎない。なんの解決に もならないのだ。  ジャックは黙ったまま、エストの話をじっと聞いていた。エストが一通り話し終わっ てもなお、じっとしたまま動かなかった。  しばらくして、ジャックは顔を上げると、エストに尋ねた。 「それで、お前はどう思うのだ? アリティアの仕業だと?」 「…分からないんです。カチュア姉さんは、アリティアを疑っている様子だったけど  …。でも、マルス様がそんなことをするなんて…。」 「私は、別の意味で、アリティアの仕業ではないと思うのだが。」 「えっ…?」 ジャックは椅子から立ち上がり、窓辺に向かって歩きながら話し始めた。 「今、アリティアからグルニアに派遣されている兵士は、全員この城に監禁されてい  る。あと五日のうちに、マルス王が彼らの潔白を証明できなければ、彼らは処刑さ  れる。…そんな中で、ますます自分たちが不利な状況に追い込まれるような事件を、  わざわざ起こすと思うか?」 「じゃ、やっぱりマルス様がやったんじゃないんですよね?」 「マルス王がそれほど愚かだとは、私も思っていない。ただ、それなら一体誰が…、  という疑問はある。…いくら風の音がひどかったと言っても、誰にも気付かれずに  城に忍び込み、パオラ殿を連れ去るのは至難の技だ。それができるのは、少なくと  も、城に出入りしても怪しまれない者…。そして、おそらくはパオラ殿の顔見知り  ではないかと思うのだが、どうだ?」  エストは下を向いて、ジャックの言葉を反芻していた。ジャックの言うことは、た ぶん正しい。だが、そうだとすれば、パオラの知人を疑わねばならない。私たちの知っ ている人がそんなことをするわけがない。喉元まで出かかった言葉を、エストは飲み 込んだ。  うつむいたままのエストに、ジャックは兄のように優しく話しかけた。 「一応、アリティアにも行くといい。アリティアとの関係を悪くするのは得策ではな  いだろう。カチュア殿には、私がアリティアに行けと言った、と伝えてくれ。」 「あの…。」 不意にエストが顔を上げ、ジャックに尋ねた。 「グルニア防衛軍の人たちは、解放してあげないんですか?」 「…パオラ殿をさらったのが、彼らでないのは間違いない。彼らは昨夜、ここから一  歩も出ていないのだから。だが、ユベロ様の一件は、また話が別だ。同じ者の仕業  かもしれないが、そうでないかもしれない。」 「でも…、私は、絶対同じ人がやったんだと思います。」 「たぶん、そうだ。だが、証拠はない。…それに、彼らにとっても、このままの方が  いいのだよ。」 「どういうことですか?」 「ここに監禁されている限り、その間に起きた事件に関しては、彼らは無関係である  という証拠ができるのだ。…分かるか?」 「だけど…、だけど、もし、間に合わなかったら…。」 エストの声は震え、目は涙で潤んでいた。 「…信じるしかない…。神が本当にいるのなら、彼らを見捨てはしない。」 ジャックは遠い目をして、呟いた。  処刑の日まで、あと五日…。 第4章  それぞれの疑念  アカネイアパレスの魔導学院では、学長マリクが机の上に広げた手紙を前に腕組み をしていた。  手紙に書かれている内容は、とても信じられないことだった。だが、それが真実だ とすれば、今まであったことはすべて説明がつく。でも…。マリクは幾度も手紙を見 直した。  マリクは考え抜き、立ち上がって部屋を出ると、真っ直ぐにアカネイア自由騎士団 の本部へと向かった。  その頃、サムトーとターナーは、ようやくワーレンに到着した。二人が真っ先に訪 れたのは、ワーレン自警団の詰め所だった。 「よう、シーザ、生きてたか。」 「サムトーか…。どういう風の吹き回しだ? お前がグルニア傭兵隊に入るなんて。」 サムトーは、襟元に光るグルニア騎士団の襟章を指さして、少し照れたように言った。 「まあ、一生に一度くらい、こんなのを付けてみるのも悪くないかと思って…。あ、  こいつは、俺の同僚、ターナーだ。」 「ターナーです。よろしく。」 「シーザだ。サムトーとは昔、一緒に仕事をしていた仲だ。」 シーザが右手を差し出し、ターナーがそれを握った。サムトーが詰め所の奥を覗き込 んでいる。 「ああ、お前が探している人たちも来ているぞ。その奥の部屋だ。」 それを聞いて、サムトーはまるで自分の家のように遠慮なしに奥へと進んだ。  扉を開けると、そこには、ユミナとロコが不安そうに座っていた。 「サムトーさん…。ユベロ様がいなくなったって、ほんとうなんですか?」 サムトーの顔を認めたロコが、恐る恐る尋ねた。サムトーがうなずく。 「ああ。でも大丈夫。今、皆で手分けして探している。とりあえずユミナ様は、グル  ニアに戻ってください。」 青白い顔のユミナがうなずく。 「あの…、僕はどうしたらいいですか? 一緒にグルニアに? それとも…。」 「一緒に来てくれ。痛くもない腹を探られたくなかったらな。」 その言葉に、ロコはきょとんとしている。 「グルニアの偉い人たちは、ユベロ様を連れ去ったのはアリティアの者だと思い込ん  でるんだ。それで、ユミナ様も、アリティアの騎士がさらって行ったと勘ぐってい  るんだ。」 そう言いながら、サムトーはロコの胸の辺りを指さした。 「えっ…? まさか、僕が…?」 「そう、お前が疑われているんだ。」 「ひどいわ! そんなの…。」 ユミナが怒ったように言う。サムトーもうなずく。 「ひどいですよね。だから一緒に帰って、ロコの濡れ衣を晴らしてあげてください。」  シーザに見送られ、四人はワーレンを後にした。しばらく歩いていたサムトーが、 ふと足を止める。 「…ちょっと道草食って行きましょうか。」 「サムトー! 何言い出すんだ。時間がないんだぞ。あと四日しか…。」 「あと四日? 何のこと?」 ユミナに尋ねられ、ターナーが、しまった、という顔をする。鼻の頭を掻きながら、 サムトーが言う。 「ま、あんまり心配はしなくていいと思うんですけどね。グルニア防衛軍がユベロ様  をさらった、というか、殺したんじゃないかという疑いをかけられてて…。」 「…ユベロは殺されたの…?」 「いやいや、あんまり見つからないものだから、そう言っている人がいるっていうだ  けです。でも、誰だか知りませんけど、何か目的があってユベロ様を連れ去ったん  でしょう? そうしたら、そんなに簡単に殺すわけありませんよ。…とにかく、そ  んなわけで、グルニア防衛軍は一人残らず城に閉じ込められているんですけど、処  刑が四日後なんですよ。」 「…処刑…?」 「だから、そんなに心配しないでください。四日後までにユミナ様がグルニアに戻っ  て、立派にロコが護衛を務めていたことが分かったら、少しはグルニアのお偉方も  考え直すでしょう。」 「じゃ、急がなくちゃ。…サムトー、何してるのよ!」 ユミナがサムトーを急かす。だが、サムトーは何か考え込んだまま、動こうとしない。 「サムトー!」 「…ちょっと、気になることがあるんですよ。ちょっと、ね。そうだ、ちょうど四日  目にグルニアに着くようにしましょう。その方がかっこいいと思いませんか?」 そう言って、サムトーは笑った。  処刑の日まで、あと四日…。 第5章  黒い流星  その日、アカネイア魔導学院では、マルスがマリクを厳しい口調で問いただしてい た。 「マリク! 一体どういうことなんだ!?」 マリクは口を開く代わりに、一片の紙をマルスに差し出した。その紙には、黒々と大 きな字で、こう書かれていた。 「アカネイア聖王国よ、永遠なれ! 黒き流星団」  マルスは顔をしかめた。 「何だ、これは?」 「ユベロ王子がいなくなった頃に一度届いた手紙です。そして、パオラがいなくなっ  た時にも同じ文面の手紙が…。」 「ここに? 魔導学院に?」 「そうです。僕あてに送られてきたんです。」 「なんでマリクに…?」 「それだけじゃないんです。」 そう言って、マリクは、もう一つ別の手紙をマルスに渡した。 「…『黒き流星団』は、アカネイア王家の復活を願う者たちの集まり…。次の狙いは  アリティア国王マルス…。首謀者はアカネイア傭兵隊のアストリア…。…なんだっ  て!? そんな馬鹿な話があるものか! でたらめだ、でたらめに決まってる! …  マリク…、まさか、君、こんなでたらめな手紙を真に受けて、アストリアとジョル  ジュを投獄したって言うのか!?」 「僕だって信じたくありません! だけど、もし本当だとしたら…。」  マリクがかつての仲間を疑い、投獄したという事実に、マルスは衝撃を受けた。以 前のマリクなら、決してこんなことはしなかったはずだ。  マルスの胸に、マリクに対する疑念が浮かぶ。マリクは、エリスを奪った自分への 当てつけに、友人であるアストリアとジョルジュを捕らえ、処刑しようとしているの ではないか…? マルスは慌てて、その疑念を心から追い払おうとした。だが、追い 払おうとすればするほど、その思いはマルスの心に重くのしかかってきた。 「…マリク、アストリアたちに会わせてくれるかい?」 マルスにとっては意外だったが、マリクはあっけないほど快く応じてくれた。 「はい。案内します。」  アストリアとジョルジュは一人ずつ、パレスの地下牢に閉じ込められていた。最初 に案内されたのは、ジョルジュの独房の前だった。 「ジョルジュ! 僕だ、マルスだ。一体どうしたんだ?」 「…マルス様ですか。お久しぶりですね。」 ジョルジュは、自嘲気味に微かに笑った。 「話はマリクから聞いた。…あんな手紙はでたらめだ。すぐにここから出すよう手配  する。」 「いいんですよ。…私だって、ユベロ王子やパオラと知り合いでなければ、同じこと  をしたかもしれない。」 「ジョルジュ…。」 「私たちは、アカネイア王家には絶対の忠誠を誓うよう、子供の頃から教育されてき  たのです。突然、アカネイア王家は失われたと言われたところで、容易に考え方が  改まるものでもない。…でもね、我々が処刑されることで、どこかで笑う人間がい  るのは間違いありませんよ。」 「だから、今すぐに…。」 「私のことはお気遣いなく。…私に構う暇があるなら、いなくなったお二人を探した  らどうです?」  ジョルジュはマルスとほとんど目を合わせることなく、淡々と話した。マルスはマ リクの顔を見た。マリクは諦めきった表情で、肩をすくめて見せた。どうやらジョル ジュは、捕らえられてからずっとこの調子らしい。  次に、二人はアストリアの所に来た。 「アストリア!」 マルスが呼び掛けると、アストリアはちらりとそちらを見たが、すぐにまた壁の方を 向いてしまった。 「アストリア…。どうして…。アストリアもジョルジュも『黒き流星団』なんかとは  全然関係ないんだろう? だったらなぜそう言わないんだ?」 「…俺は知らない。何も知らないんだ。」 「そうなんだろう? マリク、すぐに二人を牢から出すんだ。」 マリクは首を振る。 「牢の鍵を持っているのは、僕ではなくて、カーツウェル伯爵という人なんです。僕  には開けられないんです。」 「分かった。僕がその伯爵に掛け合おう。」 「無駄だ。時間の無駄だ。」 アストリアが、独り言のように呟く。 「無駄って…。」 「皆、俺たちが『黒き流星団』だと信じている。…同じことだ。アカネイアのためな  ら、俺は喜んで生け贄になる。」 そう言って、アストリアは力なく笑った。 「生け贄って…。」 「俺たちが死ねば、もう誰も死ななくて済むかな…。」 強気なアストリアには似つかわしくない科白だった。それがマルスの胸を刺した。 「…マリク、伯爵の所に案内してくれ。今、すぐに、だ。」 マリクは黙ってうなずいた。  だが、カーツウェルはマルスの話にはまるで聞く耳を持たなかった。 「私は、マルス様のためを思って、あの二人を処刑しようとしているのです。どうし  て分かってくださらないのですか?」 「あなたは勘違いをしている。あの手紙は、二人を陥れようとする誰かが仕組んだ罠  なんだ。」 「…それでは、誰がユベロ様とパオラ様を…、さらったのですか?」 「それは…。でも、今、アリティア軍が総力を上げて探している。すぐに見つかるは  ずだ。」 「その前に、マルス様の身に何かあったら、我々はどうしたらいいのですか? …ど  うかご理解ください。」 「…どうしても僕の言うことが信じられないんだね…。」 「あの二人の処刑については、私たちの手には負えませんので、グルニアに送り、  ジャック殿に一任したいと思うのですが、いかがでしょうか?」 「…勝手にするがいい。必ず、必ず処刑の日までに、アストリアとジョルジュの無実  を証明してみせる。それから、グルニア防衛軍の皆の無実も明かしてみせる。…そ  の時には、あなたもそれなりの覚悟をしておいて欲しい。」  マルスは憎々しげにカーツウェルを睨んだが、カーツウェルは、逆にマルスを憐れ みのこもった視線で見つめ返した。  処刑の日まで、あと三日…。 第6章  永遠より長い一日  アリティア城の警備は一層厳重になった。そんな中、元グラ王国の国王であったシー マが、シーダに相談したいことがあると言って訪ねてきた。  グラ王国がアリティアに併合されたのも、シーマが国王の座を返上したのも、シー マ自身の意志によるものであった。だが今は、誰もが互いを疑い、信頼関係は完全に 失われていた。当然のように、シーマも疑いの目で見られることとなった。ことに、 シーマが、アリティア城内ではなくどこか他の場所でシーダと二人きりで話をしたい、 と言うに及んでは、疑われないわけがない。  宮廷騎士団の隊長を務めるカインは、一計を案じた。ここでシーマの誘いに乗れば、 一連の事件の鍵を握る者を探り出すことができるかもしれない。カインはシーダに、 シーマの言うとおりにするよう進言し、自分は騎士団の一小隊を引き連れ、気付かれ ないように二人を尾行した。  シーマの話というのは、実に他愛ないものであった。彼女はシーダを相手に、立て 続けにユベロとパオラが消息を絶った事件に対する漠然とした不安や、その捜索に駆 り出され、なかなか家に居着かない夫のサムソンに対する不満を延々と述べた。  だがシーダは、別に不愉快だとも不自然だとも思わなかった。王位を返上したとは いえ、正統な王位継承者の一人であるシーマは、十分に狙われる資格があったし、そ れに対して不安を感じるのは当然のことであった。優秀な剣士である夫のサムソンが 側についていれば安心だろうが、そのサムソンが不在がちでは、シーマが愚痴の一つ もこぼしたくなるのも無理からぬ話だ。  シーマも、日頃の不安や不満を口に出したことで、少しは気が晴れたようだ。数時 間の後、シーマはわざわざ呼び出したことを詫び、話を聞いてくれたことに礼を言っ て、シーダと別れた。それを見届けたカインは、がっかりしたような、ほっとしたよ うな気持ちで、シーダを見守りながら帰路についた。  シーダもカインも、まさにその時、最も恐れていたことが起きていたとは、思って もみなかった…。  シーダたちが戻った時、アリティア城は大騒ぎになっていた。国王マルスが、突然 姿を消したのだ。最初は誰もが、どこか気晴らしに散歩にでも出かけたのだろうと思っ ていた。だが、この不穏な時期に、一時間経っても二時間経っても、マルスは戻って 来なかった。  カインは唇を噛んだ。 「陽動作戦か…。」 シーマが囮になり、アリティア軍の注意を引きつける。その間に他の誰かがマルスを 連れ去る。よく考えれば、なんでもない罠だ。カインは自分の不注意を悔やんだ。だ が、いくら悔やんでも時間は戻らない。  カインはドーガを呼んだ。ドーガは元グルニア防衛軍隊長。今は、新兵教育の責任 者を務めている。カインとの付き合いも長い。 「留守中、何か変わったことはなかったのか?」 「それが、全然…。まるで神隠しにあったみたいに、突然消えてしまったんだ。」 カインは内心の動揺を隠そうともせず、イライラと爪を噛んだ。 「ドーガ…、疑うわけじゃないが、ちゃんと警備はしていたんだろうね?」 ドーガは、いつまでもは隠しておけないだろう、と観念した。 「実は…。ちょっと、騎士同士の喧嘩が起きたんだ。…でも、それとこれは関係ない  と思う。ただ、その間、少しだけマルス様から目を離してしまって…。」 「誰だ? 誰と誰の喧嘩なんだ?」 「…アベルとジョゼフだ…。」 「アベルが…?」 ドーガが慌てて付け足す。 「喧嘩を売ったのはジョゼフの方なんだ。アベルはよく我慢してたよ。それは、他の  騎士が見ている。」 「原因は?」 「…それは、ちょっと…。」 言葉を濁すドーガを、カインは容赦なく追求する。ドーガは溜息混じりに話し始めた。 「ジョゼフがアベルに、エストとパオラのことで中傷するようなことを言ったらしい。  僕はその場にいなかったから、後で聞いたことだけど…。最初はアベルも我慢して  いたようだけど、『いっそパオラ様がいなくなってしまえばいいと思ってるんだろ  う?』と言われて、かっとなったという話だ。」 カインは黙ったまま、じっと立ち尽くしていた。騒ぎを起こすためにわざと…? で も、まさかアベルが…? いや、やったのはジョゼフの方なんだろう?  カインは目を閉じて、決断を下した。 「…ジョゼフは、規律違反で謹慎。アベルも、ジョゼフの挑発に乗って騒ぎを起こし  た責任があるから、厳重注意。…ドーガ、君も、報告義務違反で厳重注意にするよ。  悪いけれど…。」 ドーガは黙って一礼した。  宮廷に仕える女官、ミルフォアが、シーダの部屋の前で足を止める。中からシーダ の泣き声が聞こえてくる。ミルフォアはしばらく扉の前にたたずんでいたが、思い切っ た様子で扉を叩き、声をかける。 「シーダ様、お茶をお持ちいたしました。」 シーダの返事を待たずに、ミルフォアは扉を開けた。ベッドにすがりつくように、シー ダがうずくまって泣いている。ミルフォアは、部屋の隅の小さなテーブルに銀のトレ イを置いて、そっとシーダに近付いた。 「冷めないうちにお召し上がりください。…シーダ様、どうか元気をお出しください  ませ。マルス様は、すぐに帰っていらっしゃいます。」 シーダが声を立てずに微かにうなずくのを見ると、ミルフォアは部屋を出た。  処刑の日まで、あと二日…。 第7章  夜の向こう側  マルスは、床の冷たさで目を覚ました。暗い部屋だ。湿っぽいところから察するに、 どうやら地下室らしい。足元の方に燭台がある。ぼんやりとした光が、かろうじて部 屋を照らしている。  段々と意識がはっきりとしてくる。まだ生きていたのか…。まるで他人事のように、 そんなことを考えた。 「気が付いた…?」 囁くような声。聞き覚えのある声だ。誰だろう…?  マルスは飛び起きた。だが、急に体を動かしたせいで、背中に激しい痛みが走る。 痛さに呻きながらも、マルスは声の主の名を呼んだ。 「ユベロ…? ユベロだね…?」 「マルス様、大丈夫ですか?」 ユベロの手が、マルスの肩に触れる。反対側からは、もう一人の声が聞こえる。 「マルス様、私です。パオラです。」 「パオラ…。パオラ、ユベロ、二人とも無事だったんだね…。」 「はい。…ご心配をおかけしました。」  三人は、それぞれ、自分が巻き込まれた事件について語る。ほんのわずかでもいい。 自分たちの命を狙った者の手がかりが欲しかった。  ユベロは、夜、眠っている間に、倉庫のような場所に運ばれていたと言う。息苦し さを感じて目を覚ますと、そこは見知らぬ場所。最初は恐ろしくて声も出せなかった が、誰かがいるのに気付き、助けを求めた。だがその者は、何も言わずに槍のような 物で、ユベロを一突きした。そこから先の記憶はない。次に気付いた時には、この地 下室だった。  パオラを連れ出したのは、驚くべきことに、ミネルバだった。夜中、人目を忍んで マケドニア城を訪れたミネルバは、どうしても会って欲しい人がいると言って、パオ ラを連れ出した。おかしいとは思いつつ、ミネルバには全幅の信頼を置いていたパオ ラは、誘われるままに城を出て、誰かに背後から殴られて気を失った。夢か現実か分 からない世界の中で、パオラは誰かが話しているのを聞いた。「早く始末しろ」と言 う男の声。そして、「この前の場所へ…」と言う女の声。だが、誰の声だったかは思 い出せない。そこから先はユベロと同じ。槍で突かれて、次に意識を取り戻した時に はこの部屋にいたと言う。  マルスも、自分が連れ出された時の状況を話す。シーマがシーダを連れ出し、騎士 団がその後を追ったため、アリティア城の警備は手薄になった。そして、まるでそれ を見計らったかのようにサムソンが訪れた。シーマのことで話があると言われ、部屋 へ招いたマルスがサムソンに背を向けたその一瞬に、マルスは背後から一撃を受けた。 どうやって城から運び出されたのかは分からない。ずっと意識は失われていた。途中、 一度だけ意識が戻ったのは、何か鋭い物が体を突き刺した痛みを感じた時だ。  小声で話す三人の耳に、微かな足音が聞こえてくる。 「誰だ…?」 振り返り、足音のする方を見つめて呟くマルス。パオラが言う。 「食事の差し入れでしょう。…不思議なんですが、規則正しく、食事が運ばれて来る  んです。それも、とても手の込んだ料理が…。私たちを殺そうとしている人がする  こととは思えないんです。」  鍵が開く音がする。マルスは身構えたが、開いたのは扉自体ではなく、扉の下の方 にとってつけたように作られていた小さな窓だった。そこから、三人分の食事が差し 入れられる。  マルスはその窓から外を窺おうとしたが、とても無理だった。助けを求めて叫ぼう と、深く息を吸う。それを見透かしたように、外から声がした。 「大声を出したら、今度こそ本当に殺しますよ。」 その声に、マルスは一瞬呆然とし、それから小声で呼び掛けた。 「まさか…、ミネルバさん?」 答える代わりに、その人は小窓を閉めて鍵をかけた。 「やっぱり、ミネルバさんでしょうか?」 呆然としたままのマルスの背中に、ユベロが呟く。マルスもパオラも、その問いには 答えなかった。ユベロは一人で話し続ける。 「あの…、僕、ミネルバさんだと思うんです。それで、ミネルバさんが、僕たちを助  けてくれたんじゃないかと…。」 「僕たちを…助けた…?」 マルスが怪訝そうに振り返る。ユベロの代わりに、パオラがうなずく。 「…もし、ほんとうに殺すつもりだったら、こんな手加減はしないはず。でも、簡単  にばれてしまわないくらいに、端から見れば死んだように見えて、でも死なない程  度に刺している…。おかしいでしょう?」 「それじゃ、ミネルバさんは、仲間を欺くために…?」  微かな光が見えてきた。だが、閉じ込められたままの自分たちに何ができるのか…? その間にも、約束の日は近付いている。 第8章  カウントダウン  明け方、グルニアに一台の馬車が到着した。アカネイアパレスから「黒き流星団」 のアストリアとジョルジュが護送されて来たのだ。  ジャックの指示により、二人はグルニア防衛軍が監禁されているのと同じ部屋に送 り込まれた。地下牢の独房から城の一室へ。少しは待遇が良くなったわけだが、心が 晴れるわけでもない。どうせすぐに処刑されるのだ。  絶望の瞳で座り込んでいる兵士たちの中で、一人、壁に向かって逆立ちをしている 青年がいる。ジョルジュはそれを見て、くすりと笑った。その、微かに漏れた笑い声 を聞きつけ、逆立ちの青年は身軽に足を付き、ジョルジュに駆け寄って来た。 「あ、アカネイア自由騎士団のジョルジュだね。俺、イシュターって言うんだ。」 がさつなイシュターの話し方に苦笑いしつつ、ジョルジュは彼に話しかけた。 「そうだ。ところで、何をやってたんだ?」 「ん? こんなとこに閉じ込められてたら、体なまっちまうからな。ちょっと運動し  てたんだ。」 この青年は、この期に及んでも希望を失っていないのか…。ジョルジュは心の底から 感心した。  アストリアは周りの誰にも関心を示さず、壁際に座る場所を見つけると、黙って床 に腰を下ろした。ジョルジュがそんなアストリアを横目で見ていると、イシュターが 尋ねてくる。 「ねえ、あんたたちも、処刑されに来たのかい?」 アストリアが険しい目つきでこちらを見る。ジョルジュも眉間に皺を寄せ、イシュター を見つめる。 「…遠慮のない奴だな。」 「ああ、俺、いつもそう言われるんだ。…あ、気、悪くした? ごめん。」 そう言って、イシュターは素直に頭を下げた。ジョルジュは、この不思議な青年に戸 惑いながらも、黙っているよりは気が紛れるかと、床に座って話を続けた。 「まあ、ね。ユベロ様誘拐とパオラ様誘拐の犯人に仕立て上げられたんだ。…でも、  言っておくが、全然身に覚えはないからな。」 「へっ? パオラ?」 「…あれ、お前たちは知らなかったのか?」 ジョルジュが、ユベロが消息を絶った直後、同じようにパオラが消え、それと同時に アカネイア魔導学院宛てに「黒き流星団」と名乗る者から声明文らしい手紙が送り付 けられたこと、その後、アストリアとジョルジュを名指しで「黒き流星団」の一味で あると告発する手紙が届いたことを話す。それを聞いていたイシュターの顔が、見る 見るうちに怒りで赤くなっていった。 「なんだよっ! それじゃ、俺たちがユベロ様をさらったんじゃないってこと、とっ  くに分かってたんじゃないか! なんでずっと閉じ込めておくんだよっ!」 怒鳴るイシュターに、ジョルジュは静かに言った。 「だけど、その手紙がほんとうだという証拠はない。…俺たちに言わせれば、手紙の  ほうが嘘なんだ。俺たちは『黒き流星団』なんて名前は聞いたことすらないし、神  に誓って言うが、ユベロ王子やパオラの事件とは無関係だ。」  イシュターは、口を尖らせたまま黙っている。確かに、その手紙をもって自分たち の無実を証明しようとすれば、この人たち…ジョルジュとアストリアが犯人だという ことになってしまう。別に喧嘩を売る必要もないか、とイシュターは自分を納得させ た。 「でも、ね。大丈夫だよ。マルス様が、本当の犯人を見つけてくれるから。」 「マルスか…。そうだな。まだ諦めてはいけないな。」 そう言って、ジョルジュは笑った。その頼みの綱のマルスまでもが行方をくらました ことを、二人はまだ知らなかった。  一方こちらは、ジャックの部屋である。ダニエルが気色ばんでジャックに詰め寄っ ている。 「なんですって!? 処刑を中止?」 「…処刑を中止するとは言っていない。公開処刑を中止するのだ。処刑は非公開で行  う。」 ジャックが、耳に手をやりながら、面倒くさそうに言う。 「ああ…、そういうことですか。しかし、また、なぜ?」 「二人、対象者が増えたのでな。…まったく、カーツウェル殿も、少しはこちらの都  合というものを考えていただきたいものだ。」 「二人増えたくらい、なんでもないではありませんか。」 「処刑台の準備が要る。ただでさえ人数が多すぎて面倒なのに…。それに、あれだけ  の人数を公開処刑に処すのは、いくらなんでも残虐すぎるような気がしてきた。」 「そうでしょうか? 私はそうは思いませんが。」 「ユミナ様がいらしたら、きっとそうおっしゃると思うが…、どうだ?」 ジャックは、上目使いでダニエルの様子を窺った。 「あ、…そうですね。ユミナ様はお優しいですから。…それより、ユミナ様と言えば、  まだ戻ってらっしゃらないのですか? 一体何をしているのですか!?」 「探しに行ったのは、お前の部隊の者だろう? お前の部隊は、そんな能無しを揃え  ているのか?」 皮肉のこもったジャックの科白に、ダニエルはあからさまに不快の念を顔に表した。 「やはり、あのアリティアの天空騎士が、ユミナ様をどこかに隠しているんですよ。  ああ、お可愛そうなユミナ様…。」 ダニエルは大袈裟な身振りで嘆いてみせると、挨拶もせずにジャックの部屋を出た。  処刑の日まで、あと一日…。 第9章  悪魔の救世主  ついにその日が訪れた。グルニアの次期国王ユベロと、マケドニアの現国王パオラ を誘拐した「黒き流星団」の首謀者アストリアとジョルジュ、そして、彼らに加担し たグルニア防衛軍の処刑の日である。準備は着々と進められていた。  だが、昼近くなった頃、アカネイア大陸の北東部に位置する大国、オレルアンから 緊急の知らせが届く。 「長く空位であったオレルアン国王の座に、現陸軍大尉マローニが就任する。ついて  は、その即位を祝し、恩赦を施す。グルニア王国には、『黒き流星団』の即時解放  を願うものである…。」 「あーあ、せっかく処刑場に乗り込んで、かっこいいところを見せてやろうと思って  たのになあ…。」 カダイン神殿の一室で、サムトーが天井を仰ぎ見て溜息をつく。だが、その顔は笑っ ている。ターナーがおかしそうに言う。 「お前、傭兵やってるより、旅芸人にでもなって、芝居やってたらどうだ?」  それを聞いているユミナとロコは、顔をこわばらせたままだ。それに気付いたサム トーが尋ねる。 「あれ、嬉しくないんですか? これで防衛軍の命は助かるんですよ。」 「…マローニがやったの…?」 ユミナが、うつむいたまま誰にともなく尋ねる。サムトーとターナーは、互いの顔を 見合わせた。 「だって…、そうでしょ? ユベロもパオラも、マルス様までいなくなって、それで  マローニがオレルアンの王様になったら…。他に王様なんかいないじゃない!」 「おっしゃりたいことは分かります。」 穏やかに口を挟んだのはターナーだった。 「でも、それを確認するために、エルレーン司祭が動いてくれているのですよ。心配  なさらないでください。」  ちょうどそこへ、エルレーンが戻ってくる。ユミナが叫ぶ。 「エルレーンさん! 私、分からないんです…。あなたが何を考えているのか…。」 エルレーンはただ微笑んだだけだった。ユミナの代わりに、ロコが尋ねる。 「あの…、何か分かったんでしょう? 教えてください。」 「憶測で話せるようなことではないのですよ。」 エルレーンは、静かに首を振り、言った。  マリクはエルレーンから、至急カダインに来るように、とだけ書かれた手紙を受け 取り、カダイン神殿に向かっているところだった。今度こそはっきりと言ってやらな くては…。僕は、アカネイア魔導学院から離れる気はない。誰がなんと言おうと、あ の学院は僕にとってかけがえのない存在。たとえ悲しい思い出が残っていても、それ 以上に楽しかった思い出と、そして希望が残っている場所なんだ…。  だが、意気込んで入っていったエルレーンの部屋に思いがけない先客を見つけ、機 先を制された。 「マリク、遅かったじゃないか。」 「…なんの用だ? 用が済んだら、僕はパレスに帰るからね。」 「ちょっと留守番を頼まれて欲しいんだ。これから僕はオレルアンに行って、新しい  国王の認証を行う。その間、ユミナ様を『黒き流星団』から守って差し上げるよう  に。」 マリクは、ちらりとロコたちのほうを見て、言った。 「僕がいる必要はないだろう? これだけ護衛がいれば。」 「サムトーと、もう一人の傭兵、ターナーは、僕と一緒に来てもらう。ロコには、こ  こを訪ねて来る人の応対を頼みたい。」 思わぬ依頼に驚くロコ。反論する間も与えず、エルレーンは付け足す。 「マリクとユミナは、僕が帰って来るまでは、誰が来ても絶対に会わないように。何  があっても、この部屋から出てはだめだ。代わりに、ロコが、二人の足になって欲  しい。」 「あの…、どういうことですか?」 呆然とした顔つきのまま、ロコが説明を求める。 「奴等の次の標的は、グルニア王女ユミナ。その次は、マケドニア国王の妹君、カチュ  アとエスト…。」 淡々と話すエルレーンを、ロコとユミナ、そしてマリクが呆気にとられたように見つ めている。 「それから、アリティア王妃シーダ。…それだけではない。グルニア騎士団長ジャッ  ク、アリティア宮廷騎士団長カイン。そして…。」 エルレーンは、マリクの目を見つめる。 「アカネイア魔導学院長マリク。」 「なんだって…?」 エルレーンは、意味深長な微笑みを浮かべた。 「カダイン最高司祭エルレーンも、その一人だろうね。…分かるかい? どの国かは  ともかく、今言った誰もが、いつ王位に就いても不思議ではない人物だ。」 「待って! それじゃ、マローニは? マローニさんは入ってないの?」 叫ぶユミナに、エルレーンは静かに答える。 「オレルアン陸軍大尉マローニ。…王位に就くべき人物としては、人格といい、実績  といい、文句のつけようはないね。それだけに、なぜこの時期に…、これだけ立て  続けに国王が行方不明になっている時期に、慌てて王位に就く必要がある? …確  証はない。だけど、何かあることは間違いない。」 エルレーンは険しい目つきで、マリクとユミナを見る。 「マリク、ユミナ。最高司祭として命ずる。私が許すまで、この神殿から出ること、  外から訪れる者と会うことを禁ずる。…サムトー、ターナー、行くぞ。」 サムトーは深々と頭を下げ、おどけたように言う。 「では、行って参ります。」 第10章  一本の糸  オレルアン王国…。それは、アカネイア大陸で、最大の面積と人口を誇る王国であっ た。しかし、先の王は子に恵まれないままその生涯を閉じた。主を失ったオレルアン はアリティア王国に併合されたが、その際に、アリティア国王マルスと直接交渉し、 最大の自治権を勝ち取り、将来の独立を約束させたのが、陸軍大尉のマローニであっ た。  マローニは合議制の「国家運営委員会」を発足させ、自分もその委員の一人となっ た。彼らの尽力により、オレルアンはアリティアの支配下にありながら、それまでと ほとんど変わらず、あたかもオレルアン王国が今なお続いているかのように、動き続 けていた。そのオレルアンが、マルスが消息を絶っている間に、勝手に独立を宣言し たのである。マローニ、そして、国家運営委員会の真意は何なのか…? 当然のよう に人々は、マローニこそが「黒き流星団」の首領であると噂した。だが、強大な軍事 力を擁するオレルアンを敵に回す勇気は、誰にもなかった。  グルニア城では、ダニエルが落ち着かない様子で歩き回っている。処刑の準備をし ていたグルニア騎士団の者たちも、何か気が抜けた様子でうろうろするばかりだ。  廊下に出たジャックは、苛立ちを隠さないダニエルに目を止め、近付いてきた。 「なんだ、何をしている?」 「あ、ジャック殿! 訊きたいのはこちらです! これは、明らかに内政干渉です。  オレルアン王の即位と、犯罪者どもの解放、何の関係があるのですか!?」 「私に訊くな。…とにかく、あまり近隣諸国との関係を悪化させるのも賢明ではない。  処刑は延期する。解放するかどうかは、これからよく考えて決めればよい。」 「しかし…。」 「処刑はいつでもできる。ここは、オレルアン王の顔を立てておこう。…それに、肝  心のユベロ様の居場所が分からない以上、あまり荒っぽいことはできない。」 「それはそうですが…。」 納得しかねる、という表情のダニエルを残し、ジャックは立ち去ろうとする。だが、 ふと足を止めると、ダニエルに尋ねた。 「ところで、お前、アカネイアのカーツウェル伯爵と知り合いなのか?」 「えっ? …いいえ…。あの、何か?」 「いやな、いつだったか、お前の部屋の前で、カーツウェル家の紋章が入った釦を一  つ拾ったのだ。てっきりお前の所にカーツウェル公が来て、落として行ったのだと  思っていたが…。違うのなら、いい。それにしても、カーツウェル公がグルニア城  に出入りしているとは知らなかったな。…まさか…。あ、いや、何でもない。時間  を取らせて済まなかった。」 立ち去るジャックの背中を見つめるダニエルの瞳に、動揺の色が走る。  その夜。ダニエルは合い鍵を使い、ジャックの部屋に忍び込んだ。少々手順が狂っ てしまったが、やむを得ない。いずれジャックにも死んでもらわねばならないのだ。 カーツウェルに疑いが及んでは面倒なことになる。先に逝ってもらうとしよう。  …それにしても、オレルアン王即位は計算違いだった。あの、マローニとか言う男、 見かけによらず抜け目がない。カーツウェルもカーツウェルだ。あれほどオレルアン にも腹心を置いておけと言ったのに…。  ダニエルは足音を忍ばせ、ジャックの眠るベッドへ近付く。静かな寝息が聞こえる。 そうだ、静かに…。落ち着くんだ。ユベロ王子を連れ去った時と同じようにすればい い。…こいつを殺したら、奴等を解放しよう。ジャック…、感謝するぞ。お前が奴等 を生かしておいてくれて助かった。今度こそ、奴等はグルニア騎士団長殺害の罪で死 罪だ。言い逃れはできまい。…後悔するがいい。さっさと奴等を殺しておけば、私だっ て、こう簡単にお前を殺すことはできなかった。さまよえる魂となり、お前のしたこ とを永遠に悔やむがいい…。  月明かりの中、ジャックの首筋がわずかに白く覗いている。ダニエルは手にした剣 を、真っ直ぐその首の真上に構える。そして深く息を吸う。…さらばだ、ジャック…。  鈍い音が響き、剣はベッドを突き抜けた。 「かかったな、ダニエル。」  剣の柄を握りしめたまま震えているダニエルの前で、ジャックは片膝を立て、真正 面に短剣を構えていた。 「己の部下に疑われるとは、指揮官として最低だな。」 サムトーとターナーが…? だがダニエルは、声を上げることができなかった。  ジャックはひらりとベッドから飛び降り、ダニエルの襟元を掴む。そして剣を床に 投げ捨てると、握りしめた右手の拳で、ダニエルの顔を殴りつけた。 第11章  裏切りの末路  同じ夜、オレルアン城を訪れた者がある。アストリアの妻、ミディアと、彼女の父 の友人、そしてアカネイア有数の貴族であるカーツウェルの二人だ。二人は早速、新 オレルアン王マローニの部屋に通される。 「よくいらっしゃいました。」 マローニがにこやかに二人を迎える。ミディアは緊張を隠しつつ、深々と頭を下げる。 「国王就任、おめでとうございます。心からお喜び申し上げます。」 「いやいや…、ミディア殿にそのようなことを言われると、なんだか照れてしまいま  すな。…私など、全く国王の器でもありませんし…。ただ、国家運営委員会で決まっ  たことでして…。」 そう言いながら、マローニは本当に照れくさそうに手を振った。 「ところで、今日はどのようなご用件で?」 「えっ…?」 ミディアが訝しげに尋ねる。 「あの…、あなたが、私にお話があると…。」 「やはりお前か!?」 ミディアより半歩後ろに立っていたカーツウェルが、剣を抜くとマローニに切りつけ た。マローニは素早く体を引く。切り裂かれたガウンの下から甲冑が覗いている。 「何をなさいます?」 「しらばっくれるのもいい加減にするのだな。お前が『黒き流星団』の首領であるこ  とくらい、とっくにお見通しだ!」 だが、叫ぶカーツウェルは、不意に首筋に冷たい物を感じ、息を飲んだ。低い声が響 く。 「…茶番はそこまでだ。」 「…サムソン、裏切ったのか…。」 「裏切り…? 予定どおり、と言って欲しいものだ。」 カーツウェルの顔に、醜悪な笑いが浮かぶ。 「なるほど、最初から裏切るつもりで、我々の仲間になったと…。結構。私を殺すが  いい。分かっているだろうが、生き残った者が『黒き流星団』になる…、それだけ  のことだ。」 カーツウェルは、マローニの顔を見た。マローニは自分を見ていない。自分の先にあ る「何か」を見ている。なぜかそれが気になって、カーツウェルは振り向いた。 「…最高司祭…?」 「…お話は聞かせていただきましたよ。」 サムソンの背後、開け放たれた扉の向こうに、オレルアンの誇る最強部隊「狼騎士団」 に守られて、エルレーンが立っている。 「私では証人として不足でしょうか? 伯爵。」 エルレーンが冷たい微笑みを浮かべる。カーツウェルは剣を捨てると、窓に向かって 走り出した。ミディアの体が沈む。次の瞬間、体当たりを受けたカーツウェルの体が、 花瓶の花を散らして床に転がる。カーツウェルは這いあがろうとしたが、その時には もう、左右の腕をサムトーとターナーにしっかり押さえ込まれていた。  ふう、と大きな溜息をついて、マローニはガウンを脱いだ。 「ご立派でしたよ、国王陛下。」 エルレーンが笑う。それを聞いて、マローニが苦笑する。 「陛下呼ばわりはやめてくださいませんか?」 「遠慮することはありません。私が国王の認証をいたしますから…。」 「最高司祭殿、もう芝居は終わりです。」 「芝居でしたか…。」 「エルレーン殿もお人が悪い。先刻ご承知でしょうに…。」 「でも、なかなかお似合いでしたけどね。…どうですか、いっそこのまま…。」 マローニは慌てて手を振った。 「とんでもない! こんな目に遭うのは一度きりで十分です。」  その翌日、カーツウェルの屋敷から一通の手紙が発見された。それは、これ見よが しに机の上に開いて置かれていた。差出人の名はない。 「『黒き流星団』の首領の座はアストリアの妻、ミディアに受け継がれた。次の犠牲  者は、オレルアン新王、マローニである。注意すべし。」  明らかに、カーツウェルの自作自演だ。だが、文字は女文字だった。誰に書かせた のか…? それを尋ねるため、エルレーンはオレルアン城の地下牢に囚われているは ずのカーツウェルの許に向かう。そして、牢の中を覗き、絶句する。 「そんな…、なぜ…?」  カーツウェルは、既にこときれていた。胸元を赤く染め、糸の切れた操り人形のよ うに力無く座っている。自分の舌を噛み切ったのだ。  エルレーンは静かに死者への祈りを捧げると、地下牢を後にした。  グルニア城の獄中ではダニエルが、一滴の水さえ口にすることを拒み、やがて衰弱 死することとなる。アリティアのジョゼフは、カーツウェルと縁戚関係にあることが 知られ、宮廷騎士団から追われた。その後の彼の行方は、誰も知らない。  こうして、アカネイア史上最悪の事件になったであろう「連続王族殺害事件」は、 未遂のまま幕を閉じたのである。 第12章  明日への階段  扉が開く。何日目かの光だ。マルスは眩しさに目を覆った。 「ここは…。」 少し明るさに慣れてきたマルスが、辺りを見回す。そこは、ミネルバが身を寄せてい る孤児院の裏庭…、地下倉庫への入り口だった。  逆光の中、長い髪の女性がひざまずく。その隣に、彼らを導いてきた女性が、同じ ようにひざまずく。 「やめてください…、シーマ王女、ミネルバ様…。」 パオラが慌てて膝をつき、シーマの手を取る。 「いたしかたのなかったこととはいえ、策略を用いて皆様を陥れ、刃を向けたこと、  お詫びのしようもございません。」 シーマはうつむいたまま、小さな声で詫びた。 「何を言ってるんですか…、僕たちはお二人のおかげで、命拾いをしたのです。」 マルスも身をかがめ、二人に話しかける。その隣では、ユベロが黙ったまま、力強く うなずく。 「ユベロ様、グルニアからお迎えの方が見えました。」 天使のような笑顔を振りまきながら、孤児院の主、レナがやってくる。マルスはその 笑顔を見て、本当に自分は助かったのだという実感が、ようやく湧いてきた。  建物の表側には、サムトーとターナー、それにサムソンが立っていた。 「ユベロ様、お迎えにあがりました。」 サムトーが仰々しく一礼する。ターナーも軽く礼を捧げる。 「ジャック隊長が、首を長くしてお待ちです。」 「うん…、ねえ、ユミナは? マルス様は、僕がいなくなった後、サムトーがユミナ  を探しに行った、っておっしゃってたけど…?」 サムトーは、おかしそうに笑った。 「ユミナ様は、また伝道の旅に出られました。」 「そう…、ねえ、何がおかしいの?」 「…『ユベロに会ったら泣いちゃうかも』だそうです。可愛いとこあるじゃないです  か。」 「サムトー、失礼だぞ。」 だが、そう言うターナーも笑いを隠しきれていない。 「ふうん…、まあ、いいや。」 ユベロは少し不満そうだったが、ターナーに促され、グルニアへの道に赴いた。  一行を見送ったサムソンは、マルスに向かい頭を下げる。 「今回は、大変ご迷惑をかけました。」 「いえ、とんでもありません。」 マルスが、この一連の事件について尋ねようかどうしようかと逡巡している間に、サ ムソンはシーマを呼んだ。 「では、マルス様、パオラ様。私たちはこれで。」 「あ…。ありがとう、サムソン、シーマ…。」 五〜六歩行きかけたサムソンは、ふと振り返ると、マルスに向かってアリティア式の 敬礼を捧げた。そしてパオラには、マケドニア式の敬礼を。シーマも振り返り、二人 に軽く会釈をした。マルスとパオラも、慌てて二人に返礼する。  二人が見えなくなり、ミネルバが穏やかな声で話す。 「…エストが白騎士団を連れて、こちらに向かっているそうです。アリティアからは、  宮廷騎士団が来るそうですよ。」 「白騎士団…? 大袈裟だわ。」 パオラが憮然として呟く。それを見て、ミネルバが笑う。 「カチュアもエストも嬉しいのよ、パオラが見つかって。そう言わないで、受けてあ  げなさいな。アリティアも…、シーダとカイン、どちらが迎えに来るかで随分もめ  たようですよ。結局、カインが迎えに来ることで落ち着いたようだけど。」 「大袈裟だなあ、ほんとに…。一人でだって帰れるよ。」 今度はマルスが溜息をつく番だった。 「でも…、あ、ううん、…いいんだ。」 マルスはミネルバに、なぜミネルバが「彼ら」の仲間になったのか、訊こうとしてや めた。多分、いずれ分かることなのだろう。  ミネルバが怪訝そうにマルスの目を見て、そして笑った。