第12章:虐殺  歩きながら、シャモニーは無邪気にローデシアについてマルスに語る。  ローデシア国王はヴィットール3世、王妃はマレンダ。二人の間にはヴァルドルと、 もう一人、ペリネという息子がある。彼らの居城は、大陸と同じ名のローダリルムの 町にある。ローダリルムはテレニアからちょうど山を一つ越えた所。ヴィットールは 勇猛な戦士としても名を上げた王である。マレンダは魔導師の血を引く貴族の娘。 シャモニーが「大叔母様」と呼んでいる司祭アイリーンは、マレンダが宮廷に上がる 前まで、彼女の師として魔導の手ほどきをしていた。その縁でヴィットールが王位に 就いた後、アイリーンは宮廷での祭司を一手にとりしきる、宮廷付き司祭となった。  ヴァルドルは父親に似て、勇敢かつ才知にたけた武将であり、騎士団を任されてい た。ペリネのほうはどちらかと言えば母親似で、学者肌の男だという。父王の反対に あって断念したが、魔導師の道を志したこともあったらしい。王国魔導軍団の結成も、 ペリネの進言によるものだった。 「おい、シャモニー。なんだか変だぞ。」 喋り続けるシャモニーを遮るように、後ろからサムトーが呼びかける。シャモニーが 怪訝そうに振り向く。 「俺は色々な所を旅して回ったが、こんなに人けのない町なんか見たこともない。」 「言われてみればそうよね。家はあるのに、住んでいる気配がないわ。」 キャサリンが足を止め、辺りを見渡す。シャモニーも立ち止まり、きょろきょろし始 めた。 「うーん、そう…そうかなあ…。ローデシアの町は、静かな所が多いんだよ。でも…、  やっぱり静かすぎるのかなあ…。よく分からない…。」 「確かにおかしいですね。こんな昼間に、誰も外に出ていないなんてことは…。」 ライアンがそこまで言って、言葉を失う。 「マルス様! こ…、これは…!?」 ライアンの視線の先には、累々と積み重なった死体があった。シャモニーが立ち尽く す。 「誰が…、誰がこんなことを…。」 その、あまりにも残酷な光景に、イシュターが慌ててシャモニーの顔を自分の胸に埋 める。 「見ちゃだめだ!」  シャモニーはただ震えていたが、やがてすすり泣く声が漏れてきた。 第13章:将軍  ローデシア城に着いたマルスたちは、無惨にも雨風に晒され、今にも朽ち果てよう としている国王と王妃の首に迎えられた。シーダは、微かな吐き気を覚えた。  呆然としてその首を見つめているマルスを、ナバールが促す。 「中へ…。」  城内には誰もいなかった。少なくとも誰もいないように見えた。 「一体何があったんでしょう…?」 ロコが尋ねる。 「分からない。でも、どこかに生き残っている者がいるかもしれない。手分けして探  そう。そうだ、敵に襲われそうになったら、すぐに声を上げて知らせてくれ。決し  て一人にはならないように。」 「はい。では、僕たちは地下牢の方へ行きます。」 ライアンが、イシュターも含めたアリティア騎士団の面々と、リカードを連れて地階 に向かう。 「じゃ、僕はあの奥の方を。…ロコ、ユミナ様とべたべたしてばかりいないで、ちょっ  と手伝ってくれるかな?」 一瞬、不服そうな顔を見せたロコだが、すぐにサムトーの後を追う。その後ろ姿を見 送りながら、ユミナが呆れたように呟く。 「いやね、サムトーったら。こんな時にまで冗談言うんだから…。」 「ナバール! どこに行くんだ? 一人になったら…。」 一人で階段を昇ろうとするナバールに、マルスが呼びかける。だが、ナバールは一言 だけ答えて、そのまま2階へと消えた。 「心配するな。」  シャモニーがおどおどとマルスに尋ねる。 「あの、それで、僕はどうしたらいいんですか?」 「玉座だ。敵が残っているとすれば、玉座の辺りに違いない。僕がまず近付いて様子  を探ろう。もし敵が出てきたら、離れた所から魔法で攻撃してくれ。シーダはユミ  ナやチェイニーが狙われないように気を付けて。」 「分かったわ。」  玉座は1階正面の一番奥にあるらしい。シャモニーが指さす扉を、マルスがそっと 開ける。鍵はかかっていない。狭いながらも贅を尽くした部屋は、明かりは灯ってい なかったが、外からの光で十分明るかった。  その部屋の奥、二つ並んだ椅子の一つに誰かが座っている。マルスは唾を飲み込ん で、そして話しかけた。 「誰だ? この国を襲ったのは、あなたか?」 「いかにも。」 思いがけないことに、その声は女の声だった。 「私はアリティア国王マルス。あなたは?」 「そうか、そなたがマルス…。エリス様の弟君か。」 「…なぜ私のことを…?」 「私はマールベリ。メラネーロ第三騎士団を率いる将軍だ。」 「メラネーロ…!?」 マルスが絶句する。シャモニーが、うつむきながら震えている。 「…ひどい…ひどいよ! 僕は…僕は信じてたのに…。こんなひどいことをするなん  て!」 「誤解だ、シャモニー。確かに僕はアカネイアを救ってくれるよう、メラネーロに頼  んだ。だけど、メラネーロ軍をアカネイアに派遣してくれ、と手紙に書いたんだ。  ローデシア本国を攻めてくれ、なんて一言も書いていない。」 「だったら、どうして? マルス様はいい人だって、ユベロ様やユミナ様が言うから  信用してたんだ…。なのに…、なのに…。」  マールベリと名乗った女は、シャモニーがマルスを責めているのを表情一つ変えず にただ見つめている。そして、静かに口を開く。 「アカネイアからの手紙など、私は知らない。」 「では、なぜ?」 今度はマルスが、マールベリに詰問する。 「そんなことは他国の者に聞かせる話ではない。」 「ローデシアがアカネイアに攻め込んだことと関係があるのか?」 「なんとも言えぬな。」 「…どうして隠す? 隠さねばならぬような理由があるのか?」 「話す理由がないだけだ。」 「私はあなたの国、メラネーロの皇太子妃、エリスの弟だ。それでは理由にならない  か?」 「それと同時に、アリティアの王。私は他国の王に指図されたくはない。さあ、立ち  去るがよい。そなたたちはここに用はなかろう。」  マルスは深く息を吸った。 「分かりました。どうしてもお話しいただけないのですね…。」 マルスがマールベリに歩み寄る。シーダも剣に手をかける。  マルスが剣を振りかざし、そして渾身の力をこめて振り下ろす。鈍い音を立てて、 マールベリの鎧が砕け、そしてマルスの剣も折れた。 「どうした? 光の王子、スター・ロード・マルス。そなたの力、こんなものだった  のか?」 「将軍、私にはもう一振りの剣があります。この剣でもう一度あなたに斬りつければ、  あなたは死ぬのですよ。」 「それがどうした?」 「私はあなたを殺したくない。メラネーロはアリティアにとって友好国。そのメラネー  ロの将軍を、私は殺したくない。だから話して欲しいのです。なぜローデシアに攻  め込んだのか。なぜローデシアの人々を虐殺したのか。…あなたもご覧になったで  しょう。ここには、辛うじて生き残ったローデシアの子どもがいるのです。この子  は私を信じてくれている。その信頼に応えるためには、あなたを殺さなくてはなら  ない。でも、私はそれを望まない。だから、この子が納得できるような答が欲しい  のです。」 「それなら、なおのこと無駄だ。答など初めからないのだから。」 「では、理由もなく、ここに住む人々を殺したと言うのですか?」 「…そういうことだ。」 「畜生! 死ねっ!」 「シャモニー!?」  シーダが止める間もなく、シャモニーは吹雪を吹き寄せ、マールベリに叩きつけた。 そのあまりの勢いに、マルスまでも吹き飛ばされる。シャモニーは、今度は手の平に 炎を集め始めた。ユベロがその腕を捕まえる。 「もういい。十分だ。魔法を無駄遣いしちゃだめだ。」 「離して! ユベロ様、離してください!」 「シャモニー…、もう終わったのよ。」 ユミナが静かにシャモニーに告げる。 第14章:魔女 「マルス様! 地下牢には、敵の姿はありません。」 マールベリの亡骸を囲むマルスたちのもとに、ライアンが駆け込んで来る。 「そうか…。」 「囚われていたのは、一人のご老人だけです。他に何人か処刑された跡はありますが、  生きていたのはお一人だけです。」  続いて、イシュターの肩に掴まりながら、だが意外なほどしっかりとした足取りで、 老女が現れた。 「お…叔母様…。大叔母様…! ごめんなさい、ごめんなさい…。」 シャモニーが泣きながら老女に飛びつく。彼女にしがみついたまま、シャモニーは泣 き続けている。 「それでは、あなたがアイリーン司祭ですか?」 「そうじゃ。まあ、この国の者は、わしのことを魔女と呼んでおるがな。ところで、  わしを助けてくださったのは、どなた様かな?」 「私はアカネイア大陸にある、アリティア王国の国王、マルスと申します。ここにい  るのは、アカネイアの兵士たちです。」 「ほう、マルス王か。それから、あの娘はどうしておる?」 「え?」 「メラネーロの女将軍じゃよ。あの娘何を思ったのか、この年寄りに情けをかけおっ  て…。」 「それは…。」 アイリーンは、口ごもるマルスの視線を目で追った。そして、まだ泣いているシャモ ニーをそっと引き離し、マールベリの方に歩み寄った。 「きれいな顔で死んでおるな。…まったく、軍人になどならねばこんな目にも遭わな  かったものを…。」 「叔母様、ごめんなさい…。僕が…。」 「違います! 僕がやったんです。僕が殺したんです!」 ユベロがシャモニーの言葉を遮る。アイリーンはゆっくりとユベロのほうに向き直っ た。そしてユベロの目を見ると、首を振った。 「嘘はいかんぞ。」 「…嘘じゃありません! 僕がやったんです。シャモニーじゃありません!」 アイリーンはそれを聞いて、ただ微笑んだだけだった。 「あの、アイリーン司祭…。実は…。」  マルスは、今まであったこと、見てきたことを、かいつまんでアイリーンに話して 聞かせる。アイリーンは立ったまま目を閉じ、黙ってマルスの話を聞いている。 「申し訳ありません。あなたの国の王子を殺してしまいまして…。」 「なに、気になさるな。自業自得じゃよ。」 「えっ?」 「ヴィットールも王子たちも、まったく何を思ったのか…。男どもの考えることは、  わしら女には分からぬ。気の毒なのはマレンダじゃよ。マレンダは最後まで、この  戦争には反対しとった。わしも懸命に止めたのじゃが、力が及ばなかった。面目な  い。」 「いえ。少なくともこの戦争が、ローデシア国民の総意によるものでなかったことが  分かっただけでも、僕には救いです。実は、僕の姉エリスは、メラネーロの皇太子  と縁組みをしています。僕が間に立って、メラネーロの真意を探ってみたいと思い  ます。この一件、僕に預からせていただけませんか?」 「ああ、喜んでお願いしましょう。」 「いやだ!」 突然、シャモニーが叫ぶ。 「叔母様…。大叔母様は、魔導の力を戦いに使ってはだめだって言ってたけど、こん  なにひどいことをされても我慢しなきゃいけないの!? 僕もマルス様と一緒にメラ  ネーロに行く!」 「…シャモニー。メラネーロが憎くて戦うのなら、やめなさい。」 「でも…。」 「憎しみからは何も生まれぬ。…マルス王でしたな。わしは、そなたと一緒に行きま  しょう。このままではメラネーロもまた、ローデシアと同じ間違いを繰り返してし  まう。大した力にはなれますまいが、この戦いの行方、わしにも見届けさせてはく  れますまいか?」 「はい…。お願いします。」 「僕も行く! 大叔母様が行くなら、僕も! 行って、陛下の仇を討つんだ!」 「まだ分からぬのか!?」 アイリーンがシャモニーを一喝する。その激しさに、周りにいた誰もが凍り付いた。 「あの…。アイリーン様…。」 ユミナが、珍しく控え目な口調で話しかける。 「シャモニーを一人きりでここに置き去りにするのはかわいそうです。私が見ていま  すから、どうか連れて行ってあげてください。」 「僕からもお願いします。シャモニーはたった今、ひどい光景を見てきたばかりで動  揺しているのです。だから、落ち着けばすぐに、アイリーン様のおっしゃっている  ことが分かるようになると思います。」 ユベロもアイリーンに懇願する。アイリーンは二人を交互に見て、しばらく考えて、 そして言った。 「…シャモニー、お前の力を試させてもらうぞ。」 「…何をするの?」 「ガトー様から与えられた宿題が、ようやく解けたのだよ。冷気の最高呪文になるは  ずなのじゃが、わしはもうこの年じゃ。この力を使いこなせるのは、お前しかおら  ぬ。しかしな、この力は、邪心のある者が身につけようとすると、その者の体温を  奪って凍らせてしまう。お前にはまだ早いと思ってしまっておくつもりじゃったが、  お前がどうしても一緒に行くと言うのなら、その資格があるかどうか、この魔法で  試してみるとしよう。」 「アイリーン様、待ってください。それでは、もし、シャモニーにその資格がなかっ  たら…。」 「まあ、死ぬな。」 マルスに尋ねられ、アイリーンは他人事のように笑いながら答えた。  アイリーンは、真新しい魔導書をシャモニーに手渡して言う。 「覚悟はよいか?」 「…はい。」  張り詰めた空気の中で、アイリーンはシャモニーの顔の辺りに右手をかざし、左手 は自分の胸元に当てた。そして、マルスたちには分からない、古い言葉を呟き始めた。 やがてアイリーンの右手が青白く光り始め、その光は徐々にシャモニーの体を包み込 んだ。  しばらくして、アイリーンは静かに右手をシャモニーから遠ざけた。シャモニーの体 から光が消えていく。アイリーンが微笑む。 「シャモニーよ、立派になったものじゃな。」 「…叔母様、それじゃ…。」 「合格じゃ。」  周りで息を飲んで見つめていたマルスたちの間から、感嘆と安堵の混じった溜息が 漏れる。ユベロが、自分のことのように喜んでいる。 「シャモニー…、すごい、すごいよ!」 「それじゃ、早速メラネーロに行こうか。」 マルスが、転移の魔石を取り出す。だが、チェイニーがその手を押し止める。 「ちょっと待った。何慌ててんだ? 城がこんな状態じゃ、ローデシア軍だっていつ  までもアカネイアに構ってはいられないと思うぞ。」 「ああ…、それもそうだね。一度カダインに戻って、エルレーンに様子を聞いたほう  がいいね。」 「おい、じじい。偉そうに説教たれてんじゃねーよ。それより、サムトーとかナバー  ルとかを探してこいよ。そうじゃなきゃ戻れないだろう!」 「…おい、イシュター、俺に命令すんのか!?」 「誰か呼んだか?」  振り返ると、ちょうどナバールが戻って来たところだった。 「どうだった?」 「誰もいなかったし、特に変わったこともなかったな。」 「では、自分がサムトー殿を迎えに行きます。」 「おい、どっちに行ったか分かってるのか?」 「あ…。」 「向こうだ。お前の声なら、奥まで行かなくても聞こえるだろうよ。」  チェイニーがサムトーたちの行った方角を指さす。ガルダスが鎧を鳴らしながらそ ちらへと向かう。 「アイリーン様…、お伺いしてもよろしいですか?」 ユミナが小声でアイリーンに話しかける。 「なんじゃ?」 アイリーンも小声で応じる。 「あの時、もしシャモニーに憎しみや怒りの感情があったら、ほんとうに死んでしまっ  ていたのですか?」 「わしにとっても、シャモニーはかわいい子じゃ。そんな危険なことをするわけがな  かろう。」 「それじゃ…。」 「選ばれた人間にのみ操れる魔法であることには違いない。もし、他の者が奪い取っ  て使おうとすれば、命を落とすじゃろうて。じゃが、そうでなければ、さほど危な  いことはない。なに、ああでも言わんと分からんらしいからな。」  そう言って、アイリーンは含み笑いをした。 第15章:転機  ガルダスたちが戻って来る間に、マルスはもう一つの疑問を口にする。アイリーン が首をかしげる。 「ニーナ? さあ、聞いたこともないな。」 「名前を隠していたかもしれません。」 「どちらにしろ、そのような娘はこの城には来ておらぬ。来ておれば、わしの目につ  かぬはずがない。」 「そうですか…。ヴァルドル王子の話では、確かにローデシアにいるようだったので  すが…。そういえば、ペリネ王子は?」 「うむ、メラネーロが攻め込んでから、姿を見ない。殺されたのでなければよいが。」 「王と王妃は処刑されたようです。」 「じゃろうな。それにしても、メラネーロが攻めて来るとは…。」  ガルダスはまだ戻って来ない。マルスは、椅子に残されたままのマールベリの遺体 を眺めながら、今までにあったことを振り返ってみる。そして、あることに気付き愕 然とする。その、驚きの表情にユベロが気付き、声をかける。 「マルス様、どうしたのですか?」 「…昔、そう、英雄戦争の時と同じだ…。」 「えっ?」 「アカネイアに来ていた兵力を考えると、ローデシアには殆ど兵が残っていなかった  はずだ。メラネーロはその隙をついて、ローデシアに攻撃をかけた…。そうとしか  考えられない。これは英雄戦争の時に、アリティア軍をグルニアに誘き出しておい  て、その留守にアリティアに攻め込んだ、アカネイアの…、ハーディンのやり方と  同じじゃないか!」 「ということは、ローデシアに内通者がいたんでしょうか? そうでなければ、この  時期ローデシア軍がいないことを、メラネーロが知ることはできませんよね?」 「…嘘だ…。だって、ローデシアとメラネーロは友好国だって…。」 シャモニーが呆然としながらも言う。 「だったらなおさら、内通者がいた可能性は高いな。人の行き来は自由なんだろう?」 ナバールの言葉にシャモニーがうなずく。アイリーンの顔が曇る。  ようやく、ガルダスがサムトーとロコを連れて戻って来る。 「離れも含め、隅々まで探しましたが誰もいません。」 「ペリネ王子はどうだ? 処刑された跡でもあったか?」 「いえ、生きている者はもちろん、死体すらありません。ただ、後から片付けたと思  われる痕跡はあります。」 「そうか…。それじゃ、ほんとうのところは、このマールベリ将軍しか知らないって  わけか…。」 「これがメラネーロの指揮官…? まだ若い女ですね。」 「そうだ。彼女は僕が斬りつけた時、抵抗らしい抵抗もしなかった。武器を持ってい  なかったわけでもないのに…。それに、彼女が率いていたはずの騎士団はどうした  というんだ? …騎士団を帰して、自分だけここに…?」 「なんだか…、この人、マルスに殺されたがっていたかのようだったわ…。」 シーダの言葉に、アイリーンが呟く。 「そうかもしれんな…。気の毒なことじゃ。メラネーロの軍人は、皇帝の命令には絶  対服従だと言う。じゃが…。」 チェイニーがそれを遮る。 「まあ、話はカダインに行ってからゆっくりしようぜ。全員揃ったな。行くか。」 「あ…、ああ、そうだな。皆、準備はいいな。」  チェイニーに促され、マルスは魔石を手にして念じる。 「マルス様! お待ちしていました!」 カダインに着いたマルスたちを、エルレーンが急いで迎えに来る。 「どうしたんだ、エルレーン。また何かあったのか?」 「はい、どちらかと言えば良い知らせではあるのですが…。突然、ローデシア軍が撤  退を始めました。」 「そりゃそうだろうな。ローデシアの王様が死んじまったんだ。」 「…? なんですって!?」 チェイニーの言葉に呆然とするエルレーン。マルスがローデシアでの出来事を話す。 「そんなことが…。信じられません。」 「僕も信じられないよ。なんだか、世界中がおかしな動きを始めたかのようだ。」 「おやおや、ずいぶんと若い司祭さんだのお。エルレーンというのか。」 アイリーンがにこやかにエルレーンに近付く。 「はい。ウェンデル先生の遺言により、若輩者ではありますが、最高司祭を務めさせ  ていただいております。」 「ウェンデル? ほほう、あの男、死んでしまったのか。まあ、若いうちから枯れた  ような男じゃったがな。ということは、先代の最高司祭はウェンデルか。」 「はい。…あなたは?」 「アイリーンと言ってな、ローデシアに住む魔女じゃ。」 「アイリーン様? …まさか、あのアイリーン様ですか? ガトー様の最初の教え子  と言われる…。」 「さあ、わしが最初だったかどうかなど知らぬわ。」 「あの、でも、ガトー様がここに魔導学院を設立したのは、ずいぶん昔の話…。あな  たは一体…。」 「これこれ、女性に年を聞くでない。まあ、わしが魔女と呼ばれる由縁も、そこにあ  るのじゃがな。」 なんとも言い様のない、唖然とした表情で、エルレーンは立ち尽くしている。  しばらくして、ようやくエルレーンが再び口を開く。 「それから、もう一つ良い知らせがあります。一度は落城したマケドニア城ですが、  リゲル王国から騎士団が派遣され、奪回に成功したそうです。パオラ様を始めとし  て王国の主だった皆さんは、多少衰弱しているとのことですが、全員命に別状はあ  りません。」 「そうか。間に合ったんだね。」 「はい。その後リゲルの騎士団は、グルニア解放に向かったとのことです。もっとも、  既にローデシア軍は撤退を始めていますから、助けを借りるまでもないとは思いま  すが…。」  マルスは少し考えこんだ後、皆に向かって言う。 「どうだろう? すぐにでもメラネーロに行くつもりだったけれど、一応リゲルの騎  士団に会った方がいいんじゃないだろうか? 僕らの大陸を救いに来てくれたんだ。  やっぱり、挨拶くらいはしておくべきだと思わないか?」 「そうですね。それに、僕もグルニアの様子を見ておきたいし。」 ユベロが同意する。他の者も異存はないようだ。 「撤退したとはいえ、まだ多少ローデシアの兵士が残っています。十分お気を付けく  ださい。」  エルレーンに見送られ、マルスたちは神殿を後にする。 第16章:解放  グルニアは解放された。戦火で荒れた町に、再び活気が戻ってきた。町を訪れたユ ベロとユミナは、国民の熱狂的な歓迎を受ける。その一人一人に、ユベロは戦いに耐 えた労をねぎらい、苦しみを与えたことを詫びた。  グルニア城に着いた彼らのもとに、死んだとばかり思われていた、グルニア騎士団 の指令官ジャックが飛び出してくる。 「ユベロ様! ユミナ様! ご無事でしたか!?」 「ジャック…、ジャックなの? 生きてたのね…。良かった、騎士団は全滅だって聞  いたから…。私、てっきり…。」 ユミナがジャックにすがりついて泣き出す。ユベロも流れる涙を拭おうともしない。 「ご心配をおかけしました。…ユベロ様が脱出に成功したと聞き、生き残りの騎士を  組織して、敵の隙をついて逃げて来たのです。そのために城は落ちましたが、いず  れ我らに勝機が来ると信じ、山中に潜伏して機を待っていたのです。」 「待たせたね。長かっただろう。」 「はい。しかし、正義は我らにあると信じておりましたから、決して苦しい日々では  ありませんでした。そして今、その日々は報われました。…リゲル王国の騎士団の  話はご存知でしょうか?」 「うん。マケドニア解放のために派遣されて、その後グルニア解放に向かったと聞い  た。」 「リゲル騎士団が向かっていると聞き、早速合流して祖国奪回に向かったのです。そ  れにしても驚きました。リゲルのジーク将軍というのは、まさにあの、カミユ将軍  の再来です。」 「そんなにすごい将軍がいるんだ。」 「お二人も是非会ってください。きっとびっくりなさいますよ。」  ジャックとともに、マルスたちは城の一室に入る。かつて、ジャックが任務遂行の ために使っていた部屋だ。ジャックは軽く扉を叩く。 「どうぞ。」 中から声が聞こえる。ユベロとユミナの顔に、不審そうな表情が広がる。  ジャックが扉を開けると、中では一人の将軍が地図を広げて何かを調べているよう だった。将軍が顔を上げる。ユベロがうわずった声を上げる。 「カミユ…、カミユ将軍…。カミユ将軍ですね。そうでしょう?」 将軍は一瞬きょとんとして、それから笑みを浮かべて答えた。 「ほう。よほど私は、そのカミユとやらに似ているらしいな。今まで何度も間違えら  れた。だが、私の名はジーク。生まれも育ちもリゲル王国だ。今回初めてグルニア  にお邪魔させていただいた。以後、よろしくお願いしたい。」 「嘘! 私です、ユミナです。他の人の目はごまかせても、私には分かります。」 「ジーク将軍。いえ、カミユ将軍。マルスです。アリティアのマルスです。先の暗黒  戦争の時に戦ったのを覚えてますか?」 次々に問いかけるマルスたちに向かい、すまなさそうにジークは首を振る。 「申し訳ないが、人違いをなさっているようだ。だが、ジャック殿に聞いたが、カミ  ユという将軍は実に立派な功績を残しているそうだな。その将軍と似ているとは、  私としても光栄だ。カミユ将軍の名を落としめないよう、私もアカネイアのために  力を尽くそう。」 「私も最初は驚きました。まさにカミユ将軍の生き写し。カミユ将軍の生まれ変わり  かもしれません。」 「おいおい。生まれ変わりなら、もう少し若いはずだろう。」 ジークが苦笑する。 「これは失礼しました。」  ジャックが、マルスたちをジークに紹介する。ジークが驚きの表情を浮かべる。 「なんと、グルニアの国王殿でしたか。それにアリティア国王殿も。これは失礼を。  なにとぞこのご無礼、お許しください。」 「あ、そんな、いいんです。…でもやっぱり、僕にはあなたがカミユ将軍にしか見え  ない。」 「これも何かの縁ではありますまいか。ユベロ様、マルス様は、私を将軍カミユと思っ  て、なんなりとご命令ください。」 「…僕にはまだ、あなたがカミユ将軍でないとは信じられないけれど、今のところは  リゲルのジーク将軍ということにしておこう。とりあえず、少しあなたと話がした  い。構いませんか?」 「はい。喜んで。」  マルスは、ユベロとジャック以外の者は部屋から下がるよう命じた。ジャックが若 い兵士を呼んで来て、一同を別の部屋に案内させる。 「ローデシアがアカネイアを攻撃している隙に、メラネーロがローデシアを攻撃しま  した。」 マルスが口火を切る。そして、ローデシアによるグルニア襲撃からメラネーロのロー デシア襲撃に至る状況を、順々に説明していく。 「なるほど、それで急にローデシア軍が撤退を始めたわけですね。おかしいとは思っ  ていました。我々が攻め入った時には、敵は既に戦意をなくしていました。」 ジャックが同意を求めるかのようにジークを見ながら、口を挟む。 「うむ。おそらくローデシア襲撃の報を受け、本国に戻ったのだろう。」 ジークがうなずく。 「実は、ローデシアがアカネイアに攻撃をかけてきた裏に、もう一つの事件があるの  です。」 マルスは、今度は、ニーナの行方不明に始まる神剣ファルシオンと封印の盾について の話をする。 「今、マルス様が持っていらっしゃるのが、そのファルシオンと封印の盾ですか?」 「ええ。本来ならラーマン神殿に納めておくべきものですが、敵に狙われている以上、  目の届かない所には置いておけませんから。」 ジークに尋ねられ、マルスは答える。 「ずいぶんと汚い手を…。」 ジャックがうめくように呟く。 「しかし、それとアカネイア全土への襲撃と、どういう関係があるのでしょうか?」 「僕にも分からない。ファルシオンと封印の盾だけが狙いなら、ニーナ様を捕らえる  だけでことは済む。たぶん、アカネイア全土の制圧の方が目的なんだと思う。剣と  盾を持って行った僕を、ローデシアの王子は殺そうとした。わざわざラーマン神殿  に呼び出したのは、あの狭い神殿では、いくら騎士団を連れて行ったところで反撃  できないことを見越していたんだ。でも、なんだってこんな手の込んだことを…。」 「それで、ニーナ様はどうしていらっしゃるのですか?」 「分からないんだ。ローデシアにいるとばかり思ってたんだが、アイリーン司祭は姿  を見たことはないと言っている。アイリーン司祭が嘘をつく必要はないから、それ  はほんとうのことだと思う。だとすれば、少なくともローデシア城には初めからい  なかったんだ。」 「では、ローデシアの城ではなく、民家のような所でしょうか?」 「だとすると…。」  沈黙が流れる。あの惨状からして、ローデシアの民家に囚われていれば、メラネー ロ軍によって既に殺されている可能性が高い。  その重苦しい空気を払いのけるようにジークが口を開く。 「グルニアの再建はジャック殿にお任せする。私はメラネーロに向かわねばならない。  おそらくこのままでは、我が祖国リゲルにも火の粉がかかるだろう。私が率いてき  た騎士団の者は、すべて貴殿にお預けする。」 「それは構いませんが…。しかし、まさかお一人で?」 「いや、僕たちもこれからメラネーロに行く。知ってのとおり、僕の姉はメラネーロ  皇太子妃だ。姉がこんな卑怯な戦いを許すとは思えない。だが、皇妃ならともかく、  嫁いだばかりの皇太子妃に、皇帝の判断の是非をとやかく言う権限はない。きっと  姉も心を痛めていると思う。なんとか僕が間に立って、皇帝陛下の真意を探り、ロー  デシアとの和解の道を開きたい。」 「僕も、アカネイア連合王国の一員として一緒に行きます。」 ユベロがマルスに向かい、有無を言わせぬ強い口調で言う。 「確かにこのままでは、次はメラネーロの侵略を受ける可能性があります。…マルス  様。ジーク将軍。どうか、ユベロ様をよろしくお願いいたします。」 ジャックが深々と頭を下げる。  その頃、シーダはグルニア城の一室からぼんやりと空を見ていた。やがて、ペガサ スの羽ばたきが近付いて来る。ユミナが窓辺に駆け寄る。 「ロコ! どうだった?」 「オレルアンに保護を求めた人たちは、皆無事です。さすがは狼騎士団。鉄壁の守り  だったようです。」 「そう…、マローニ首相にお礼を言わなくてはね。」 ユミナが心の底からほっとしたような笑みを浮かべる。 「それじゃ、レイシア王女も?」 「お元気です。ええ、お会いしてきました。ミルフォア様もお元気です。シーダ様の  ことを心配なさっていました。」 「そう…。良かったわ…。」 シーダも安堵の溜息をつく。 「ただ、まだローデシア軍は完全には撤退していないようです。というよりも、撤退  の命令に従わずに、勝手な行動を取る兵士がいるらしくて…。だから、余計にたち  が悪いんです。元気な若い男性は、少しずつ自分の国に戻って復興に取りかかって  いますが、女性や老人、子どもは、まだオレルアンで待機しています。シーダ様も  無理にアリティアにお戻りにならないほうが…。」 シーダの顔から、さっきまでの安心した表情が消え、不安そうな表情が現れた。 「でも、大丈夫です。アリティアなら宮廷騎士団が…。」 「ねえ、ミネルバさんは?」 シーダに尋ねられ、ロコは目を伏せる。 「聞いてきてくれなかったの?」 「…いえ…。それが…、その…。…誰も知らないんです。メラネーロに行く、その前  にマルス様を探す、と行って出たっきり…。誰も、その後のことは…。」 「そんな…。」 「あ…、でも、心配ないと思います。たぶん、どこかで戦争に巻き込まれたんじゃな  いでしょうか? 皆も、ミネルバ様のことだから、ローデシア相手に戦ってるんじゃ  ないか、って…。だからきっと、もうすぐ帰って来ますよ。」 ロコが皆を励ますように明るく言うが、もう、誰の顔にも笑みは戻らなかった。 第17章:殺意  グルニア城から転移の魔石でメラネーロ帝国へ移動したマルスたち。なんと、一行 が着いたのはメラネーロ海軍基地、それも総本部の真ん中だった。 「…マルス様、これはいくらなんでもじゃないですか?」 サムトーが溜息混じりに言う。だが、あっけにとられているのは相手も同じ。しばし の沈黙が流れる。 「誰だ? 何者だ? どこから入って来た?」 隊長らしき男が、沈黙を破る。 「驚かせて申し訳ありません。私はアリティア国王マルス。メラネーロ皇太子妃エリ  スの弟でございます。姉に会いたく、転移の術でメラネーロに移動して参りました  が、とんだ所に出てしまいました。ご無礼、お許しください。」 「マルス…? ふん、アリティアの王か。まったく、無礼もいいところだ。」 「我らが国王にそのような…。」 アンドリューが噛みつくのを、ジークが引き止める。 「まあ、様子を見たほうがいい。」 「しかし…。」 「マルス殿、申し訳ないが、エリス殿に会わせるわけには参らぬ。遠路はるばる来て  いただいたが、残念だったな。」 「なぜです?」 「…どうしても知りたいか?」 「もちろんです。」 「そうか…。それでは、冥土の土産に聞かせてやるとするか。」  気付いた時には、既にメラネーロ兵に取り囲まれていた。 「私を殺すと…?」 「ああ。隠したところでいずれ知れることだ。それなら先に、その首を頂くことにし  よう。…そろそろ、怒り狂ったローデシアの連中が我が国を襲う頃。奴らが皇太子  妃の首を取ったら、どれほど喜ぶことかな。だが、そこまでだ。平和に慣れたロー  デシアの奴らが、我々メラネーロ軍にかなうはずがない。そして、妃を失った皇太  子、リルナール殿下は、アカネイア聖王国の王女、ニーナ姫を妃に迎えるというわ  けだ。ローデシアの王も王子も愚かなものよ。ニーナ姫の美しさに惑わされ、あり  もしない神剣だの封印の盾だのを奪いに行くとは…。」  マルスは呆然としたまま立ち尽くしている。その頭の中を様々な思いが渦巻く。何 一つ、はっきりとは見えてこない。だがやがて、一つの真実が浮かび上がって来る。 アリティアは、マルスとエリスははめられたのだ。 「…初めからそのつもりで、我が姉と縁組みをしたのか…?」 「いや、英雄アンリの子孫にして、アリティア王国の王女であるエリス殿でも、とり  あえずは十分だった。だがアカネイア聖王国のニーナ姫が見つかった以上、エリス  殿に用はない。」 隊長は蔑んだ目でマルスを見つめ、冷ややかに言う。 「それでは、ニーナ様はここにいると…?」 「ああ、メラネーロ城でリルナール殿下との婚礼を心待ちにしておろうよ。」 「馬鹿な…。僕は信じない。」 「信じようが信じまいが、真実は一つ。」 「…それなら、僕が姉上を救う。そして、ニーナ様を…。同盟は終わりだ。」  言うが早いか、マルスが剣を手に隊長に向かう。それを合図に、全員が取り囲んだ 兵士たちに立ち向かって行く。  戦いは終わった。積み重なった死体の中で、アイリーンとユミナが祈り続けている。 キャサリンが跪き、叫んでいる。 「アンドリュー…、なによ、あなた、いつもいつも口先だけで…。こんな傷がなによ!  この程度の怪我で、しっかりしなさいよ! …ねえ、なんとか言ったらどうなの!  ねえ! 何か…、何か言いなさいよ!」 やがて、アイリーンが祈る手を解き静かに首を振る。 「…僕のせいだ…。アンドリュー、僕をかばって死んじゃった…。」 シャモニーが床にへたりこんで泣き出す。 「違うの…。違うのよ、シャモニーのせいじゃない…。」 シーダの目からも涙が溢れた。すすり泣く声の響く中で、ユミナだけが、決して届か ない祈りを捧げ続けている。  その翌朝、小高い丘の上から見おろした町は、既に戦場だった。暴徒化したローデ シア軍の兵士たちがメラネーロに攻め込んで来たのだ。それを見つめるマルスの目の 中に、憎悪の炎が燃えている。 「マルス王よ、気持ちは分からなくもないがな、憎しみに駆られて戦ってはならぬ。」 「アイリーン司祭…。僕は、メラネーロを憎んではいません。憎んでいるのは、この  ような事態を招いてしまった僕自身なのです。」 「ほほう?」 「姉には想う人がいたのです。その人も、姉を深く愛していた。それを知っていなが  ら、メラネーロの皇太子から是非にと縁組みの申し入れがあり、僕は断らなかった。  …そればかりか、アカネイア王家に代わるアリティアの後盾を得るために、その縁  談を姉に強く勧めたのです。今にして思えば、なんと残酷なことをしてしまったの  か…。僕は愛するシーダと結ばれ、幸せだった。なのに…。」 「国を思う心ゆえ、一人の…いや、二人の人間の人生を踏みにじったというわけか。」 「そうです。…そういえば、あの英雄戦争が起きたのも、ニーナ様の心を無視して、  アカネイア聖王国のためにとハーディンを王を迎えたがためでした。」 「…その話、聞かせてもらえるかな?」 「アカネイア王女のニーナ様は、グルニア王国のカミユ将軍を愛していました。でも、  暗黒戦争でグルニア王国はアカネイアを裏切り、ドルーアについた。そのために、  僕はカミユ将軍を殺さねばならなくなったのです。ニーナ様はカミユ将軍が死んで  からも、他の人に心を動かされることはなかった。でも、アカネイア王家最後の生  き残りとして、アカネイア国王を迎え、結婚しなくてはならなかった。ニーナ様は、  愛してもいないハーディンと結婚したのです。ハーディンも素晴らしい人でした。  そして、ニーナ様を愛していました。でもニーナ様の心は、やはりカミユ将軍にあっ  たのです。それに気付いたハーディンは、ニーナ様を愛していたがために嫉妬に狂  い、闇の司祭ガーネフにその心の隙を突かれてしまった。ガーネフに闇の力で操ら  れ、あの悲惨な戦争を引き起こしてしまった…。」 「…人は、なぜ王家などというものにこだわるのかの? ニーナも、エリスも、王家  になど生まれなければ、そんな悲しい目にも遭わずにすんだものを…。」 「…分かりません…。」  アイリーンはマルスに背を向け、数歩歩いて立ち止まり、また歩き出した。立ち止 まった時、微かに笑ったような気がしたのは、気のせいだったのだろうか。 第18章:陰謀 「マルス様、よろしいでしょうか?」 入れ替わりにマルスに近付いて来たのはジークだった。マルスの顔が戦士の顔に戻る。 「メラネーロ軍もローデシア軍も、まだ我々に気付いていないようです。ですが、こ  の戦場を抜けなければ城には着けません。如何いたしましょう?」 「姉上とニーナ様を一刻も早く救わねば…。時間がないんだ。無駄な戦いをしている  暇はない。一気に駆け抜けよう。」 「…シスターや魔導師をかばう余裕はないでしょう。後の戦いが苦しくなりますが、  ここは騎士と剣士だけで切り抜けるしかありませんか…。」 「それはどうかの。」 立ち去りかけたアイリーンが、ふと振り向いて、いつものように微笑みながら言う。 「アイリーン様…、何か?」 「道は一つではあるまい。」 「…抜け道が…?」 アイリーンがうなずく。 「じゃがな、獣道じゃ。歩き慣れぬ者には辛い。天空騎士も、空を飛んでは目につい  てしまうゆえ、地上を歩いてもらわねばならぬ。それでもよいかな?」 「構いません。どうか、我々を導いてください。」 「では、皆を連れて参れ。」  長い急な山道を上り、マルスたちは帝国首都ランブルグに着いた。そのマルスの前 に、一人の女性が駆け寄る。 「マルス様…、アリティアのマルス様ですね。」 「そうだが…。誰だ?」 「…名は名乗れません。ですが、どうしてもお話ししたいことがあります。」  その女性はうつむき、顔を隠している。だが、その声にただごとでない響きを感じ たマルスは、警戒しつつも話の先を促す。 「何があったのですか?」 「宮廷警護官のファランドラか? …わしじゃ、アイリーンじゃ。何を恐れておる?  さあ、顔を上げなさい。」 「あ…、アイリーン様…。アイリーン様がご一緒だったのですか…。」 初めて彼女は顔を上げた。やつれ切った青白い顔だ。だが、その瞳の輝きはまだ消え ていない。  ファランドラは居ずまいを正し、マルスの方を向き、だが目を伏せたまま話し始め た。 「…マルス様…。アリティアからの使者、ミネルバ様は、確かに、ここ、メラネーロ  に到着なさいました。」 「そうか。それで、今はどこに?」 「それが…。ミネルバ様はマルス様の親書を持ち、メラネーロ城にお着きになりまし  た。そして、エリス様とのご面会を申し入れられました。ですが、皇太子のリルナー  ル様が、それを断ったのです。ミネルバ様は、執拗にその理由を問いただされまし  た。しかし、リルナール様はお答えになりませんでした。…お答えになるわけには  いかなかったのです。自ら、エリス様を地下牢に幽閉したのですから。」 「…なんだって!?」 「リルナール様も、初めのうちこそ事を荒立てずにすませようとお考えでした。でも、  とてもそのようなこと、隠し通せるはずがありません。いずれミネルバ様に感づか  れてしまう…、そう思われたのでしょう。リルナール様は…、リルナール様はミネ  ルバ様を、自らの手で刺したのです。」 「…嘘だ…。それでは、ミネルバさんは…。」 「しかしリルナール様は、それまで一度も自分の手で人を刺したことなどないお方。  刺した場所は、急所からは程遠い場所でした。でも、ミネルバ様はショックで意識  を失ってしまわれた…。リルナール様は、すっかりミネルバ様が死んだと信じ込ま  れたのです。ですが私には、ミネルバ様の息がまだあると、すぐに分かりました。  そしてその時に、もはやリルナール様に忠誠を誓うことはできないと決意したので  す。」 「ミネルバさんは…、ミネルバさんは生きているのですか?」 「おそらく…。私はリルナール様に、人目につかぬうちにミネルバ様の遺体をどこか  に捨ててしまうよう進言しました。リルナール様も、それはもっともな考えと同意  してくださいました。私は、怪しまれない程度に傷口を塞ぎ、血を拭い、出入りの  商人に金を与えて私が長くお世話になっている教会に運ぶよう命じました。そして、  その後を追って密かに城を抜け出し、教会に行ったのです。そして司祭様に事情を  話し、ミネルバ様の手当をお願いして、私はこうして隠れ住むことにしたのです。」 「よくやってくれた。礼を言わせてもらうぞ。」 アイリーンが、穏やかな笑みをたたえてファランドラの手をとる。ファランドラは、 今度はアイリーンの方を向いて話し続ける。 「リルナール様は、エリス様だけではなく、グスタフ陛下をも地下牢へ…。」 「なんと! …しかし、一体なぜ?」 「皇帝陛下が皇妃ディアス様を亡くされてからすっかり気を落とされて、公務のほと  んどをリルナール様に任されていたのはご存知と思います。そのために、グスタフ  陛下のお姿が見えなくなったこと、どなたもお気づきにならなかったのでしょう。  …数カ月前のことです。ローデシアのペリネ王子がいらして、お二人だけで何かお  話しになってから、リルナール様は人が変わってしまわれました。あれほどお優し  かった殿下が…。突然、エリス様がご自分に刃向かったとして、誰にも知られぬよ  うに地下牢に閉じ込めておくよう命じられ、それを諌めた警護官は反逆罪に問われ、  処刑されました。そして、次は、皇帝陛下を…。」 「お前さん、ペリネ王子がここに来たと言ったな?」 「はい。ペリネ王子は、特にリルナール様と仲がよろしかったので、よくお忍びでメ  ラネーロに来ておられました。」 「ペリネ王子は、きっとここにおる。すべてはペリネとリルナールの陰謀じゃ。マル  ス王よ、急がねばエリスの命が危ない。そればかりか、グスタフの命もじゃ。」 「あの…、マルス様。私も参ります。この責任の一端は、我々宮廷警護官にあります。  リルナール様のご乱心を止めることのできなかった私どもの責任です。」 「いえ、あなたが謝るべきことではありません。でも是非力を貸して下さい。宮廷の  中のことはあなたが一番詳しいはずだ。僕たちを案内して欲しいのです。」 「はい…。」