実録・人間関係 パート5

これが私の生きる道

2000年12月 作:極楽院さやか

王立研究院

「アンジェリーク、どうしても納得していただけませんか?」
「…いえ、わかってるんです。頭ではわかっているんです。だけど…」
「わかるよ、アンジェリーク。ワタシだって、同じ気持ちだもん」
「レイチェル、あなたまで…」
「だけどさ。信じようよ。陛下とロザリア様を」
「そうですよ。それから、私たちを信じてください」
「エルンストさん…」
「30日以内に封印が解けたとしても、私たちが元の宇宙に戻れる保証はありません。ですが、115日あれば、必ず次元回廊を開いてみせます」
「…」
「次元のはざまの収縮は、その速度を抑えることが精一杯です。止めることも、まして戻すこともできない。30日後、やはり脱出できなかった、ということになっても、もはや取り返しはつかないのですよ」
「でも…」
「もちろん、一刻も早く封印が解ければ、それだけ陛下にかかる負担は軽く済むでしょう」
「そうですね…」
「そのためにも、育成の手を緩めないようにお願いしますよ」
「…あの、エルンストさん」
「何でしょうか?」
「時々、アルカディアのことや、陛下のこと、聞きにきてもいいですか?」
「もちろんですよ。何を遠慮なさっているのですか」
「だって、エルンストさんは調査でお忙しいから、私が来たら邪魔じゃないですか?」
「とんでもない。育成の当事者であるあなたのお話は、何にも代え難い重要なデータです。こちらこそ、時間が許す限り来ていただきたいとお願いしたいですよ」
「アンジェリーク。ワタシたちは、アナタの味方だからね。心配事があったら、いつでも来てよ。ワタシやエルンストだけじゃない。陛下も、ロザリア様も…。ううん、みんながアナタの味方。それを忘れちゃだめだからね」
「ありがとう、レイチェル」

その頃、ルヴァの執務室

「失礼します、ルヴァ様」
「ああ、リュミエールですか。ちょうどよかった。この土地で採れたというお茶が手に入ったんですよ。一緒にいかがですか?」
「あの…、お気遣いなく」
「忙しいですか?」
「そういうわけではないのですが…」
「だったら、一息入れましょう。ね? それに…、何か相談したいことがあるのではありませんか?」
「…ええ、まあ…」
「一体どうしたんですか?」
「あの…、ルヴァ様は、アルカディアのことについて、何かご存じなのではありませんか?」
「それが、残念ながら…。あのエルンストとレイチェルですら、お手上げに近い状態なのですよ。今のところは」
「私は…、陛下やアンジェリークのために、何ができるのでしょう…。せめて、私たちが、アンジェリークの力を借りずにあの土地に力を注げれば、育成の速度も上がり、アンジェリークの負担も軽くなるでしょうに…」
「たしかに、歯がゆいですね」
「でも、ルヴァ様は、エルンストたちと一緒にアルカディアの調査を進めていらっしゃる。ヴィクトールやティムカも…。それなのに、私は…」
「あなたがいなければ、アンジェリークは水の力をこの地に注ぐことはできませんよ」
「もっとほかに、彼女の力にはなれないものでしょうか」
「…とても香り高いお茶が入りましたよ。さあ、どうぞ」
「…ああ、ほんとうに…。このような産物が採れるのは、アルカディアが本来、力強く美しい土地であるという証拠ですね」
「そのとおりですね。…なんとしても、この土地を救わなければいけませんね。…ところで、そういえば、最近アンジェリークの姿を見ないのですが…?」
「彼女でしたら、このところ、研究院に通い詰めている様子です」
「そうですか? 私とは、行く時間がずれているのですね。会ったことがありませんよ」
「よく、朝見かけますよ。心配なのでしょうね。少しでも詳しく、アルカディアのことについて知りたいのでしょう」
「そうですね。今、一番、アルカディアに詳しいのはエルンストですから…。そうですか、アンジェリークが…」
「…ルヴァ様? どうかなさいましたか?」
「…あ、いえ、何でもありませんよ」

アンジェリークの部屋

「…あ、おはようございます、ルヴァ様」
「おはようございます、アンジェリーク。よく眠れましたか?」
「え? ええ、まあ…」
「今日は、ひときわお天気がよくて、ですね。部屋にこもっているのがもったいないような陽気なんですよ。ですから、たまには、あなたとお出かけをしたいなあ、と思いましてね」
「あ…ありがとうございます。でも…」
「エレミアが心配ですか?」
「ええ。…私、一刻も早く封印を解かなくちゃいけないんです」
「ねえ、アンジェリーク。あなたが一生懸命なのはとてもよくわかるんです。でも、そんなに思いつめてしまっては、できることもできなくなってしまいますよ」
「え…?」
「それに、そんなに四六時中気を張りつめていたら、いつかあなたが倒れてしまいます。そんなことになったら…」
「私は大丈夫です。そんなことを言ったら、陛下は…」
「陛下のことなら大丈夫。ロザリアがついているじゃありませんか」
「そう…ですよね」
「アンジェリーク。いい機会ですし、お散歩しながら少しお話をしませんか。気分転換にもなりますし」
「そうですね…。ありがとうございます、ルヴァ様」
「いいえ。それでは、行きましょうか」

翌日、アンジェリークの部屋

「おはようございます、アンジェリーク。起きてますか?」
「おはようございます、ルヴァ様」
「気分はどうですか?」
「あの…、昨日はどうもありがとうございました。こんなときに不謹慎かもしれませんけど、なんだかすごく楽になりました」
「それはよかったです」
「レイチェルにも言われてたんです。一人で抱えこんじゃダメだって」
「そうですよ。どんどん頼ってくださいね。ところで、私はこれから、天使の広場に行って、この土地の人たちの話を聞いてみようと思っているんですけれど」
「あ、私もご一緒させていただけませんか? きっと、参考になると思うんです」
「ええ、そのつもりで今日は伺ったんですよ。じゃあ、支度ができるまで、私はここでお待ちしていますからね」

その翌日、アンジェリークの部屋

「あら、ルヴァ様。おはようございます」
「おはようございます、アンジェリーク。今日は忙しいですか?」
「ええと…」
「今日は、これから、日向の丘を見に行くつもりなんですが…。一人で行くよりも、あなたと一緒のほうが楽しいだろうと思いまして」
「そういうことなら、ぜひご一緒させてください。私、まだ、日向の丘には行ったことがないんです」
「それはいけませんよ。育成する土地のことは、きちんと知っておかなくてはね」
「すぐに用意しますから、待っていていただけますか?」
「ええ。あわてなくていいですからね」

同じ日、王立研究院

「主任、報告書持ってきたよ」
「レイチェル。私を肩書きで呼ぶのは止めてくださいとお願いしたはずです」
「だって、主任じゃない」
「それなら、私も、あなたを『女王補佐官』と呼びますよ」
「げっ。それだけは勘弁。ほかの人に『補佐官』って呼ばれても全然気にならないんだけどさあ。エルンストに言われると、首筋の辺りがゾワゾワしちゃうんだよね」
「それで、報告書は? …ありがとう」
「やっぱさあ、銀の大樹にも、測定器付けて継続観測したほうがよくない?」
「あなたなら、どういう設定で設置しますか?」
「それは…」
「エネルギーの変動幅が大きすぎて、無人観測をするのは危険すぎます」
「でも、測定単位の間隔で発生する変動こそ、必要なデータじゃないの? それとも、測定員を常駐させる?」
「まさか。それこそ人命に関わりかねません。幸い、現状のままでも、なんとか分析可能なレベルの情報は収集できてますし」
「それもそうなんだけどね」
「ところで、最近アンジェリークはどうしてますか?」
「…気になる?」
「それは、気になりますよ。このところ、育成のペースが目立って落ちています。ここにも来ませんし」
「どうしようかなあ。言っちゃおうかなあ」
「レイチェル、彼女に何かあったんですか?」
「何かって言うか…。エルンスト、ヤバいよ。このままだと、ルヴァ様に取られちゃうよ」
「ルヴァ様が何か?」
「なんだかねえ、アンジェリークのこと気に入ってるらしいんだよね。もう三日連続かな。朝早くに来て、アンジェリーク連れてどこか行っちゃうんだ。どこに行ってるんだか知らないけど」
「…そういうことですか…。ルヴァ様もいらっしゃらないと思ったら」
「ま、あの子もまんざらじゃないんじゃないの? のこのこ毎日ついてくんだから」
「なんてことだ…」
「強力なライバル出現、みたいな? …って、エルンスト、聞いてる?」

そのまた翌日、アンジェリークの部屋

「ルヴァ様…」
「えっ? リュミエール? どうしたんですか、こんな朝早くに」
「ルヴァ様こそ…」
「私は、あの、その…。アンジェリークが精神的に疲れているようだったので、少し休養を取らせてあげたいと思いまして」
「レイチェルに聞きましたけれど、もう四日目になるそうですね」
「ああ、そんなになりますか」
「ルヴァ様。アンジェリークは優しい子です。ルヴァ様に誘われて、断れるはずがありません。でも、その間にも、時間は無情に流れていきます。もし、育成が間に合わず、封印が解けないことにでもなれば、一番辛い思いをするのは、アンジェリークです」
「…リュミエール、ありがとう。そうですよね。こんなに長く拘束してしまっては、育成する暇もありませんよね。ほんとうにありがとう。最初は、アンジェリークの不安を取り除いてあげたかっただけなのに、いつの間にか、私自身の身勝手な『会いたい』という気持ちにすり替わっていたようです。気づかせてくれたこと、感謝しますよ」
「いえ…。あの、ルヴァ様。気を悪くなさらないでください」
「気を悪くするなんて、そんな。…そうですね。彼女に会うのは、今度の休みにしましょう。私にも、やるべきことはあるのですから。それでは、ね」

(申し訳ありません、ルヴァ様。それにしても、エルンストも人が悪い。こんな役回りは、私ではなく、ジュリアス様が適任でしょうに。それでは角が立つというのであれば、オリヴィエだっているじゃありませんか。何もよりによって、私に頼むなんて…)

「おはようございます、リュミエール様」
「えっ…。あ、おはようございます、アンジェリーク」
「あの、今、どなたかとお話されていました?」
「いいえ…。今、通りかかったところです。ほかには、誰も」
「そうですか? ルヴァ様のようなお声が聞こえたんですけれど」
「気のせいでしょう。では、私はこれで」
「あの、リュミエール様」
「何かご用ですか?」
「これから、一緒に、天使の広場に行きませんか?」
「…は?」
「この前、ルヴァ様に案内していただいたんです。とても素敵な喫茶店があって、ハーブティーを出してくれるんですよ。きっとリュミエール様が気に入るだろうって、ルヴァ様が」
「あ、あの、でも、育成は…?」
「陛下がおっしゃっていた目標には、もう達しているんです。私、それを超えようと頑張ってたんですけど、レイチェルに、『そこまで頑張り過ぎなくていいんだよ』って言われちゃいました。だから…」
「そうですか。そういうことなら」
「わあっ。嬉しい。じゃ、早速行きましょう」

(申し訳ありません、ルヴァ様。私も、アンジェリークと同じ。誘われたら断れない性格なのです…)

王立研究院

「エルンスト、いるか?」
「ああ、ヴィクトールさん。何か?」
「今、エレミアの様子を見てきたところだ。一応、お前にも報告しておこうと思ってな」
「どうでしたか?」
「全く問題ない。報告すべきことがないから、このまま帰ろうかとも思ったがな。報告することがない、と報告しておくのも、あながち意味のないことではないだろう」
「まったくそのとおりです。ありがとうございます」
「それでは、俺は帰るぞ」
「あ、ヴィクトールさん。一つお伺いしてよろしいでしょうか」
「何だ?」
「アンジェリークを見かけませんでしたか?」
「ああ、天使の広場にいたな。リュミエール様と一緒だったようだが。それがどうかしたか」
「な…」
「おいおい、そんな驚くことないだろう。彼女が守護聖様と一緒にいたって。…? おい、エルンスト、どうした?」

(リュミエール様。「ミイラとりがミイラ」になってどうするんですか!)

占いの館

「あ、エルンストさん、いらっしゃい」
「メル、おまじないをお願いします」
「うん、いいよ。でも、エルンストさんがおまじないなんて、珍しいね」
「アンジェリークとリュミエール様が…」
「アンジェリークとリュミエール様が、もっと仲良くなればいいんだね」
「いいえ。仲が悪くなるようにお願いします」
「…ちょっと待ってよ。それは無理だよ」
「なぜですか。火龍族のおまじないに、不可能はないと言っていたではありませんか」
「そういう、仲を引き裂くとか、他人を不幸にするような効果はないよ。…僕の力をそんなことに使うなんて…」
「あ…。これは失礼しました。メル、あなたを傷つけてしまいましたね。しかし…」
「ねえ、エルンストさん。そういうことなら、アンジェリークとエルンストさんが仲良くなるようにすればいいことでしょう? そんなに恥ずかしがらないでよ」
「私と彼女が仲良くなってどうするんですか」
「…違うの?」
「私が要求するのは、アンジェリークが、リュミエール様やルヴァ様と必要以上に親しくならないことだけです」
「だから、それは…」

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「ヴィクトールさん、どうしたの?」
「ん? ああ、レイチェルか」
「なんだか、エルンストの様子、変じゃない?」
「俺にもさっぱりわからん。アンジェリークがリュミエール様と天使の広場にいた、と言ったら、突然顔色を変えて…」
「ありゃあ。新たなライバル出現かあ」
「ライバル?」
「んー。ま、いっか。『新宇宙の女王を巡る地の守護聖と主任研究員の泥沼三角関係! 水の守護聖も参戦か!?』…なーんてね。あ、チャーリーにタレこんでみようかな。高く売れるかも」
「…はあ…? …って、おい、レイチェル! そんな根も葉もない噂を…」
「ついでに、『派遣軍将校も横恋慕』とか入れといてあげようか?」
「バカを言うな! …まったく、お前でなく、アンジェリークが女王になって良かったと思うぞ」
「じゃ、ワタシは、資料だけ置いて帰るわ。エルンストに訊かれたら、女王執務室にいるって言っておいてね」

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「…わかりました。やむを得ません。私とアンジェリークの間でおまじないをかけてください」
「うん。任せて。特別強力なのをかけてあげるね。アンジェリークが、ほかの男の人に興味を持たなくなるくらいに。でも…」
「まだ何か不満ですか?」
「ちょっと複雑な気分。…後で、僕とアンジェリークの間にも、おまじないかけちゃおうかな」
「メル、あなたまで邪魔をする気ですか」
「冗談、冗談。あ、一応言っておくけど、おまじないだけじゃ意味ないんだからね。仲良くなりやすくなるだけで、後はエルンストさん次第だよ」
「…まあ、なんとかやってみます」

さらに翌日、アンジェリークの部屋…の近く

「おい、エルンスト」
「おはようございます、ヴィクトールさん。何事ですか」
「何事も何も…。やっぱりそういうことか」
「何がやっぱりですか」
「つまり、お前は、アンジェリークを独占したいのだろう?」
「…私がそういう人間に見えますか?」
「見えないから信用していたのだがな。今がどういう時期か、お前が一番よく知っているだろうに」
「ええ。ですから、ここで、他の方が近づかないように見張っているつもりです。昨日は、リュミエール様にお願いしていましたのに、こともあろうに…」
「…はあ、そういうことだったのか」
「こうなれば、他人には頼りません。私が自分で」
「残念だったな」
「何が、ですか」
「昨日のお前の姿を見ていたら、理由もなく腹が立ってな。お前の勝手にはさせない。今日は、アンジェリークには俺に付き合ってもらう」
「ヴィクトールさん、正気ですか?」
「彼女が一日をどう過ごすかは、彼女が決めること。お前が決めることではないだろう?」
「そんな…」

その頃、アンジェリークの部屋

「おっはよー。元気そうだね、アンジェ」
「おはよう、レイチェル。このところずっと育成から離れてたからね。すっかりリフレッシュしちゃった。さ、今日からまた頑張ろっと」
「うんうん、その意気。ところで、今、ヴィクトールさんとエルンストがこっちに来てるみたいだけど、どうする?」
「え…?」
「デートの誘いじゃないの? みんな暇だねえ」
「ごめん、今日はパス。今日は、クラヴィス様に力を送ってもらって、マルセル様に力の補充…」
「マルセル様は、昼は日向の丘に行くみたいだよ」
「うーん…、だったら、先にティムカ様に品位を鍛えてもらおうかな。マルセル様には、その後ね」
「オッケー。じゃ、二人に見つからないように、こっそり出ていった方がいいよ」
「ありがとう、レイチェル。また後でね」

(ふふん。みんなわかってないよねえ。アンジェリークの心の中は、アルフォンシアでいっぱいなのに。ま、いっか。やっぱり「派遣軍将校も横恋慕」は入れといたほうが高く売れそうだしねっ♪)

(完)

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