アンジェリーク2・守護聖様新コスチューム発表記念

僕が髪を切った理由(わけ)

1996年7月 作:極楽院さやか

 クラヴィスは、いつものように、自室でカードを並べていた。まだ日は高いはずなのに、部屋の中は薄暗い。だが、彼にとってはこのくらいの方が心地良いのだ。
 静けさの中、控えめなノックが響く。
「誰だ?」
「ぼくです。マルセルです。」
「…入れ。」
マルセルは小さな包みを手に、ドアを開けて部屋に入ってきた。
 小さな包み…。そういえば、前にルヴァが同じような物を持っていた。何だか特別な名前があったはずだが…。…そうだ、風呂敷包みだ。
 そんなことをぼんやりと考えていると、マルセルがその「風呂敷包み」を差し出した。
「これ、ロザリア様が届けてくださいって。」
「ロザリアが?」
クラヴィスは怪訝そうな顔で、包みを受け取った。
「何でも、女王陛下からの差し入れだそうです。」
膝の上に包みを置いて、クラヴィスはゆっくりと包みを解いた。そして、中から出てきたものを見て、眉をひそめる。
「なんだ、これは?」
「あ、新しい服ですね。」
クラヴィスは、その服を高く掲げてみた。
「…女の服みたいだな。」
「でも、きれいですね。きっとクラヴィス様に似合うと思います。」
「大きなお世話だ。」
そう言うと、クラヴィスは包みを戻すでもなく、無造作にマルセルに返そうとした。手を出しかけたマルセルが、だがそれを受け取る寸前に言う。
「でも、クラヴィス様。陛下からの贈り物ですよ。それを受け取らないわけにはいかないんじゃないですか?」
それもそうだ。なにしろ、この世界では女王の意志は絶対である。女王に「死ね」と言われたら、死ななくてはならないくらいに絶対なのである。
 クラヴィスは仕方なく、服をマルセルに返す代わりに、誰もかけていない椅子に乗せた。
「それじゃ、ぼくは失礼します。」
「ああ…、ご苦労だったな。」
マルセルが部屋を出ていくのを見届けて、クラヴィスはもう一度、差し入れの品を広げて見た。何度見ても女物の服に見えるが、これが今の流行なのかもしれない。クラヴィスは面倒くさげに立ち上がると、着替えを始めた。
 ジュリアスやオスカーなら、着替えを手伝わせるために何人もの召使いを抱えている。だが、クラヴィスはそういうことは好まなかった。着替えなどという、極めてプライベートな行動に、他人が干渉するのは不愉快だ。だから、彼は一人で着替えをしなければならない。そして、彼のまとっている服は、重たくてかさばる。はっきり言えば、今着ている物を脱ぐだけで一苦労である。新しい服を見て気が重くなったのは、この着替えの手間を考えたせいだ、というのもあながち嘘ではない。
 苦労しながらも着替えを済ませ、クラヴィスは鏡の前に立った。自慢するわけではないが、クラヴィスは決して自分の服装のセンスに自信はない。鏡を見ても、いいのか悪いのか、さっぱり分からない。ただ少なくとも、思ったほどおかしくないことだけは分かったので、ほっとしていた。
 なるほど、見た目はともかく、前の服よりは遥かに軽くて動きやすい。それに、涼しいような気がする。柄にもなく気持ちが軽くなったクラヴィスは、そのまま外に出てみることにした。どちらにしても、ロザリアに見せて、きちんと受け取ったこと、きちんと着たことを証明せねばなるまい。
 女王補佐官の居室に向かう途中、折良くロザリアが向こうから現れた。ロザリアはクラヴィスの姿を認め、にっこりと微笑んだ。
「あら、クラヴィス様。早速お召しになってくださいましたのね。」
「ああ…。こんなものか?」
「ええ、良くお似合いですわ。そうそう、これは、陛下が自らお選びになった物ですのよ。前のお召し物があんまり重たそうで、気の毒だから、って。」
今度の女王は、どうやら聖地を抜け出して外界でショッピングを楽しんでいるらしい。ジュリアスが聞いたら卒倒しかねないが、クラヴィスはそこまで他人の行動を詮索しない。
「そうか…。では、礼を言っておいてくれ。」
「はい。…でも、私の方がセンスはいいと思いますけれど。ほほほ…。それではご機嫌よう。」
この一言多いところが、先代の補佐官、ディアには及ばないところである。
 そう言い残して、ロザリアはどこかへ行ってしまった。残されたクラヴィスは、通路でしばし考える。せっかく部屋を出てきたのだ。リュミエールの所に寄って、一曲聞かせてもらおうか。それとも、たまには外を歩いてみようか…。
「あっらー、クラヴィス。新しい服ね。どうしたのさ。」
けたたましく近づいてきたのは、オリヴィエだった。オリヴィエも、もう少し静かにしてくれれば良いのだが…。だが、服飾のセンスに関して、守護聖一であることは疑問の余地はなかった。
「ああ…。どうだ?」
オリヴィエは、クラヴィスをじっと見つめた。
「そうねえ、悪くはないわね。前のはちょっと重たすぎたものね。これならぐっとライトな感じでいいわよ。…だけど、それをぶち壊しにしてるのが…。」
そう言うなり、オリヴィエはクラヴィスの髪を掴んだ。
「な…何を!?」
「この髪。もういい加減切りなさいよ。この服にこんな長い髪、似合わないわよ。さ、こっちに来て。」
「やめろ!」
「何言ってんの。美を司る夢の守護聖オリヴィエ様が、自らカットしてあげようって言ってんのよ。こんな光栄なこと、一生に一度あるかないかよ。感謝してちょうだい。」
 残念ながら、腕力ではクラヴィスに勝ち目はなかった。引きずられるようにして、クラヴィスはオリヴィエの部屋へと連れ込まれた。
 そして、次にクラヴィスがオリヴィエの部屋を出た時には、その髪はきれいに胸元で切り揃えられていた。
「こんなきれいなバージンヘア、パーマかけるのはもったいないからね。カットだけにしとくわ。気が向いたらまた来てちょうだい。」
満足げなオリヴィエの表情とは対照的に、憮然とした顔のクラヴィスが立っている。
 こうしてイメージチェンジしたクラヴィスが、仲間たちにどう受け止められたか…。それはまた別の話。

(完)

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