(先週までのあらすじ)
突然ラン太の家を、担任のジュリアス先生が訪れた。先生が言うことには、クラスの女の子が一人行方不明になってしまったらしい。ジュリアス先生は占いが得意なラン太の父クラヴィ助に行方を占ってもらおうとするが、どうやら二人は馬が合わないらしく、大喧嘩を始めてしまった…
(あらすじ終わり)
一方その頃、ラン太はマルカちゃんを誘い、いつもの空き地へと向かっていた。空き地には、オスカーとゼフェ夫、そしてもう一人、女の子がいた。
「あれ? ロザリアちゃんじゃない? ひどーい、オスカーったら、ロザリアちゃんをいじめてるー。ねえ、ラン太さん、助けてあげて」
ロザリアちゃんは、一月ほど前にラン太たちのクラスに転入してきた帰国子女である。小学生にしては大人っぽいなかなかの美人だが、少々言葉使いが変なことと、周りと金銭感覚がずれまくっているのが欠点だ。
「おーい、オスカー!」
「なんだ、ラン太じゃねーか。なんか用か?」
「女の子をいじめちゃだめじゃないか」
いつもは頼りないラン太だが、女の子のためなら一肌でも二肌でも脱ぐ覚悟はある。さすがはオスカーが見込んだ男だ。
「いじめてなんかいねーよ」
「ラン太、あんじぇに会わなかったかい?」
横からゼフェ夫が口を挟む。あんじぇと言うのは、ロザリアの一番の友達だが、もちろん本名ではない。本名は安瀬利久(あんぜ・りく)。本人も変な名前だと思っているらしく、本名よりあだ名の「あんじぇ」で呼ばれる方が嬉しいようだ。
「知らないよ。どうかしたの?」
「あんじぇったら、ワタクシと遊ぶ約束をしていたのに、まだ学校から帰ってないんですのよ」
「えー? だって、学校が終わって、すぐ帰るのを見たわ」
後から追いついたマルカちゃんも、すぐに状況を理解した。
「やっぱり、どこかで道草食ってんだよ」
ゼフェ夫が、仕方ないな、というような顔でロザリアに言う。ロザリアは不服そうだ。
「でも、このワタクシと約束をしていたんですのよ」
「そうよね。あんじぇは約束を破ったりしないわ。それに、道草にしても遅すぎると思わない?」
「それもそうだな…」
オスカーが腕組みをする。
「あんじぇのお母様も心配なさってるのよ」
「ねえ、オスカー、探しに行こうよ」
ラン太が珍しく、前向きなことを言う。
「おう。そうだな。じゃ、俺とゼフェ夫は商店街の方を探してみる」
「学校の帰りに遊びに寄るなら…、商店街じゃなければ公園かしら?」
「そうだね。じゃあ僕たちは、公園を探してみようよ」
こうして、ラン太たちは二手に分かれて、あんじぇを探すことになった。
「あんじぇちゃーん!」
「あんじぇ! このワタクシが探しに来て差し上げたわよ! いるなら出てらっしゃい!」
「ロザリアちゃん…。そんな言い方したら、恐くて出てこれないよ」
「まあ、ラン太さん。なんてことおっしゃるの!? ワタクシは、あんじぇが心配なのよ!」
「もう、二人とも、もめてる場合じゃないんでしょ?」
と、こんな具合で公園を走り回っていると、突然マルカちゃんが立ち止まり植え込みの中を指さした。
「あ…、あそこ…」
マルカちゃんの指の先、小さな木の下に隠れるように、あんじぇが気持ち良さそうに眠っているのが見える。
「あんじぇ! 寝てる場合じゃないのよ!」
ロザリアの叫び声に、あんじぇは眩しそうに目を開けた。
「あ…、ロザリア?」
「何寝ぼけてるの? 家にも帰らないで何やってるのよ!」
ロザリアに怒鳴られ、あんじぇは体を起こすと、しくしくと泣き出した。驚いたのはロザリアの方だ。
「ちょ…ちょっとあんじぇ、あんた何泣いてるのよ。これじゃまるで、ワタクシが泣かせたみたいじゃないの!」
うろたえているロザリアをなだめて、マルカちゃんがあんじぇに話しかける。こんな場面では、元気だけが取り柄のラン太に出番はない。
マルカちゃんが聞き出した話はこうだった。あんじぇは昨夜、お父さんが大事にしている遊星盤を勝手に持ち出して遊んでいて、壊してしまった。あわてて隠したものの、いつバレるかと思うと恐くて家に帰れないのだと言う。
「遊星盤かあ…。ゼフェ夫なら直せるんじゃないかな?」
「そうね、頼んでみましょうよ」
まだ涙ぐんでいるあんじぇを連れて、ラン太たちは空き地へと戻った。
空き地には、もうオスカーとゼフェ夫が戻ってきている。
「なんだ、ラン太が見つけたのか? なんで先に俺に知らせないんだよ」
「なんでって…。なんでだよ?」
「こういう時に女の子を助けるのは、俺様に決まってんだよ」
まるで見当違いなオスカーとラン太の口論を、あんじぇとロザリアが呆れた顔で見ている。マルカちゃんとゼフェ夫はもう慣れているので気にしていない。
ようやく、ラン太がロザリアの冷たい視線に気付いた。
「…それはそうと、ゼフェ夫に頼みがあるんだけど…」
ラン太が手短に事情を説明する。最初、目をキラキラさせて聞いていたゼフェ夫だが、遊星盤を直して欲しいと言われると困ったような顔になった。
「遊星盤ってさあ、分解したことはないんだよね。それに、壊れた所が分かっても、パーツは春葉原まで行かないと手に入らないと思うよ。今からじゃ今日中に直すのは無理だよ」
賢明な読者なら見当はつくだろうが、春葉原とは、この界隈では名の知れた電気店街である。電気工作の材料で揃わない物はないが、どの店も閉店が早い。
それを聞いて、あんじぇは声を上げて泣き出した。
「おい、ゼフェ夫。女の子が困ってるのに、それはねーだろ? 何とかしてやれ!」
「女はこれだから嫌いなんだよ。泣けばいいと思ってんだよな」
ゼフェ夫の呟きを、オスカーは聞き逃さなかった。
「ゼフェ夫、何か言ったか?」
「えっ? 何も言ってないよ」
「ふーん…。おい、この俺様の命令には逆らわないよな?」
「えっ…。あの…、その…」
「逆らわないよな、って聞いてんだよ!」
「あ、はいっ!」
「よし。ゼフェ夫、お前、今日中に遊星盤を直せ。命令だぞ」
「そんな…」
「俺様の言うことが聞けないってのか?」
「だって…」
絶体絶命のゼフェ夫を救ったのはマルカちゃんだ。
「ねえ、遊星盤って、大陸の機械でしょ? それなら、ルヴァえもんが何か知ってるんじゃないかしら?」
「そうだ、そうだよ!」
ゼフェ夫がとたんに元気になった。反対に落ち込んだ表情になったのはラン太だ。こういう肝心な時に、ルヴァえもんがまるで役に立たないことはラン太が一番よく知っている。
そうは言っても、他に選択の余地はない。ラン太は一同を連れて足どり重く家へと向かう。おりしも、駅に向かって走るクラヴィ助を追って、ジュリアス先生が家から出て来たところだ。二人はラン太たちがいるのとは反対の方向に駆けて行った。
「ちょうど良かったね」
ラン太はジュリアス先生の姿が消えるのを見届けて、開けっ放しの玄関から中に入った。
二階に駆け上がったラン太は息せききって、ルヴァえもんに今までの経緯を説明した。例によって例のごとく、ルヴァえもんは湯飲みを右手に、しょうゆ煎餅を左手に、うなずきながら話を聞いている。ひとしきり話し終えたラン太が、ルヴァえもんの顔を覗き込んだ。
「えーと、何か付いてますかー?」
「違うんだよ! だから…」
ゼフェ夫が割り込む。
「代わりの遊星盤、ルヴァえもんなら持ってるよね?」
ルヴァえもんはもう一口お茶を飲むと、ポケットの中を探った。期待に胸を膨らませる一同が見た物は…。
「ゆーせーばん!」
「…遊星盤って…。それ、ただのお盆じゃないかー!」
「ラン太君、これはただのお盆じゃないんですよー」
ルヴァえもんが得意そうに説明を始めた。
「例えば、チョコレートなんか溶かすのに、直火にかけちゃいけませんよねー。そういう時は、これにお湯を張って、中にチョコレートを入れたボウルを入れるんですよー」
「それって…湯煎?」
「ほら、ここに滑りどめが付いてるでしょう? これが、便利なんですよー」
「もしかして…」
ラン太が絶望的な顔で呟く。
「ゆせんぼん?」
「そうですよー。…あれ、どうしたんです? みんな怖い顔して?」
「ゆせんぼん、と、ゆうせいばん。全然似てないじゃねーか!」
オスカーが怒鳴る。その隣で、あんじぇがしくしく泣き出した。
「え? あ、ゆせんぼん、じゃない? これはこれは。じゃ、これですね」
次に出したのは、一冊の本だった。
「ゆーせーばん!」
「なになに…? 今月の有線放送って…」
「それはゆうせんぼん! …、ま、少しは近いけど、かなり無理があるぞ」
「あ、これでもないんですかー? それじゃあ…」
今度は、フェルトペンを取り出す。
「ゆーせいぺん!」
「それは油性ペンだ! また遠くなったじゃねーか」
「もう、いい加減にしてください!」
ロザリアが叫んだ。
「つまらない駄ジャレを、よくもそこまで思いつきますわね!? ワタクシのような上流階級には理解できない思考回路ですわ!」
「ねえ、あんじぇ。やっぱりお父さんに謝りましょう。わたしもついていってあげるから」
ついに一同は、ルヴァえもんのポケットは諦め、素直に謝る方を選んだ。
日の暮れ始めた通りを、一同はぞろぞろとあんじぇの家に向かう。今にも泣き出しそうなあんじぇを囲み、深呼吸を一つすると、ロザリアが呼び鈴を鳴らした。
「はーい」
中から明るい声が響いて、あんじぇのママ、沙羅が現れた。
「あら、ロザリア。ごめんなさいね。まだ利久は帰ってきてないのよ」
「あの、そのことなんですけれど。ワタクシからもお詫びしますから、怒らないであげていただけます?」
「…何の話かしら?」
「ママ…、ごめんなさい。あんじぇ、遊星盤壊しちゃった…」
「利久! 今までどこに行ってたの!?」
沙羅はあんじぇの姿を認めると、駆け寄って抱きしめた。
「ごめんなさい…、ごめんなさい…。」
「遊星盤だなんて…。いいのよ、そんなの。それより心配したのよ」
沙羅の目に涙が浮かぶ。
「でも…、パパが…」
「大丈夫。正直に謝れば、パパだって許してくれるわ。嘘をついたり、隠し事をするほうがよっぽどいけないことよ」
「あんじぇ、良かったな」
オスカーが、心底ほっとしたような声を出した。少々乱暴だが、こう見えても人一倍人情には厚い。
「おばさん、それじゃ、ぼくたちはこれで」
ラン太はそう言って、安瀬邸を後にした。その背中に、沙羅の声が届く。
「おばさん、じゃなくて、お姉さん、って呼ぶのよっ!」
(完)