この度、お茶会で味をしめた守護聖様達は、お食事会を企画することになった。しかし芸術やスポーツに強い者はいるものの、料理には皆、ズブの素人。理想は高いが程度は低いクッキング講座が、急連行われることになった。ディアを講師に迎え、チーフは勿論、ジュリアスその人。そして…波乱に満ちた物話が始まる。
その朝、クラヴィスはひどく気が重かった。リュミエールはエプロンを新調して嬉しそうだったが、彼はとてもそんな気になれなかった。厨房など、一歩も足を踏み入れたことがないのに、よりにもよって料理なんて…。おまけに、占いでは運勢最悪と出るし、試しに近所の神社でおみくじを引いたら、凶が出てしまった。ゲタを放ったら湖にはまってしまう。花を探したら、オスカーが全部摘んでデートに行った後だった。ただごとではない。
「…クラヴィス様。どうなさいました?」
はっとして我に返ると、いつの間に来たのか、リュミエールが心配そうに顔をのぞき込んでいた。
「お加滅でも…。」
「いや…。」
クラヴィスは眩しそうに目を細めて、呟いた。真っ白なエプロン姿に、長い髪を後ろでまとめたリュミエールは、まるで初々しい新妻のようだ。
「参りませんか。そろそろ集合時間です。」
「…ああ。」
仕方なく、クラヴィスは頷いた。
「実は私、昨夜は嬉しくて眠れませんでした。まるで小さな子供のように。」
リュミエールは頬を染め、うきうきして言う。
「あ、そうでした。これ、よろしかったら、お使い下さい。」
と、彼が差し出したものは、黒いエプロンだった。
「私とお揃いです。ウフフ。…あ、お気に召しませんか?」
「い、いや。」
クラヴィスは戸惑いを隠すように、とりあえず立ち上がった。
厨房には、既に皆が集まっていた。
「なかなか、似合うぜ。特にうなじが色っぽい。」
鮮やかな紫色のエプロンに身を包み、髪を後ろで結んだオリヴィエは、人差し指を突き出して答えた。
「あたしは男なんだから、口説いたってムダだよ。」
「僕、ドキドキしちゃうな。だって、料理なんて初めてなんだもの。」
「おい、マルセル。その給食当番の恰好、良く似合ってるぜ。」
「そういうゼフェルも、白い三角巾がアクセントになってるな。小学校の掃除当番みたいだ。」
「なんだよー。赤いエプロンなんかしちゃってよぉ。派手なんだよ!」
「良かったですねー。皆、大喜ぴですー。」
「ディア、早速始めてくれ。なかなか静まらぬ。」
ルヴァが喜んでいる傍らで、ジュリアスは既にムッとしていた。
「あ、でもクラヴィスとリュミ…。」
「とりあえず、お湯を沸かしましょうねー。」
そうこうしているうちに、早くもルヴァが、大鍋を火にかけ始めた。
「ランディ、見て!ウルトラマンだよ。」
その隣では、マルセルがはしゃぎながらスプーンで遊んでいる。と、その時。
「遅くなりました。」
縄のれんをかき分けて入って来たリュミエールに、一同どよめいた。
「おお、何て勿体無いことだ。どう見ても若奥様だぜ。こ、これが男だなんてっ。」
オスカーが頭を抱えて、残念そうに呻いた。
「遅れてすまぬ。」
続いて入って来たクラヴィスに、厨房は凍りついた。黒のエプロンに黒の三角巾をキリリと締めたクラヴィスは、場の雰囲気を察知すると、小さくため息をついた。
(だから嫌だったのだ。)
「なんか、不吉よねー。真っ黒じゃん。いつもだけど。」
「オリヴィエ…。悪いですよー。そんなこと言っちゃー。」
「そうだぜ、奥様。」
オスカーはテープルに肘をついて、頷いた。
「そう言うあんたは何にも身支度してないわね。」
「俺、食ぺる人。」
「おーや、いいの?ジュリアスだって、いで立ちカンペキだわよ。」
オリヴィエは含み笑いをして、ちらとそちらを見た。
「や、やめろ。あの方の割烹着のことは、二度と口にするな。」
オスカーは悲痛な表情だ。
「オスカーは味見専門ですかー。では、腕によりをかけて…。」
「ルヴァ様、袖口が鍋に入っています!」
ランディが慌てて叫ぷ。
「これはこれは。ランディ、ありがとう。これは私の一張羅で…。」
「なんて料理なのよ!あたし、食べないわよ!ゼッタイ。」
「ディア様、大丈夫でしょうか。」
ロザリアは思わず眉をひそめて、隣に囁いた。
「き、開かないで。お願い。」
ディアの笑顔は引きつっていた。
ジュリアスの一喝の後、ようやく全員が丸テープルの周りに集まった。
「バーベキューなんてどうだ?肉、食おーぜ。」
ゼフェルが嬉しそうに言う。
「それ、料理なのか?」
オスカーが口を挟む。
「じゃ、トンカツとかよー。」
「ブタさん食べるの?」
マルセルが責めるようにゼフェルを見る。
「そーだ。カラッと揚げたの、旨いぞ。」
「ははは。ゼフェルは油っこいのが好きだからな。」
「何だよ。おめー、人の好みになんくせつけんなよ。」
「そうですよー。ぜフェルが大好きなのは、油っこいものだけではありません。ピリピリする物質と、得たいの知れない炭酸が配合されたものもですー。」
「やめろよ。何か、まずそーじゃねーかよ。」
「ところでゼフェル。スパ王のCMに出た時にあなたは、左右どっちにいましたかー?」
「何なんだよ、それはよ!」
「ええい!全く話が進まぬ!」
ついにジュリアスが叫んだ。
「まあまあ。とにかく、何を作るか決めましょう。」
ディアが慌ててジュリアスを宥めた。
「一人づつ手を挙げて、意見を出して下さいね。」
「やっぱり、無農薬で体に良いものだわよね。」
「あー。おせんべいも忘れずにー。」
「ルヴァ様、煮ても美味しいんですか?それ。」
ランディが驚いて尋ねた。
「何事も研究ですからー。」
「フォアグラはやめて下さいね。」
リュミエールが済まなそうに呟く。
「私、食ぺられません。」
「まあ、お優しいリュミエール様らしいわ。素敵。」
ロザリアがすかさずフォローをする。厨房でラブラブエンディングにトライするのも良かろう。
「僕、ピーマン嫌い。」
「トマトはやめましょう。ねっ。」
「あーら、ランディ。好き嫌いは良くないわよ。ビタミンが欠乏するとねぇ…。」
「そうですー。ビタミンには、AとBとCと…。」
「どーでもいいけどよ、ピリッとするやつだって悪くねえぜ。」
ゼフェルは暁舌だった。
「例えばチリドッグ。チリをたっぷりかけて練りがらしを盛り付けタパスコをガンガンふりかけた、口から火ぃ吹きそうなやつに、こうかぶりつく。くーっ、これがたまんねぇんだよな。分かるかな。分っかんねぇだろうな。」
「…分かんないわよ。」
オリヴィエは、顔をしかめて青ざめている。
「ゼフェルは一体、どのような食生活をしているのだ。」
ジュリアスは信じられんといった表情で、尋ねた。
「すみませんねー。いつも、言ってるんですがー。」
ルヴァがすまなそうに頭を下げる。
「すっごく、体に悪いのではないですか。」
リュミエールが悲しそうに言った。
「何だよ。体に良いものだって食べてるぜ。」
「それ、何?」
マルセルが聞くと、得意そうにゼフェルは言った。
「納豆だ。」
「な、納豆…。納豆って、糸引く、あれですの?」
ロザリアはハンカチで口元を押さえている。
「おう。ウコン色したカラシでアンパンマン描いてから、アサツキの刻んだやつを混ぜる。勿論、生のイキの良いやつだぜ。これがピリッと辛いんだ。ツウの味だぜ。」
場に、静寂が訪れた。
「皆さん、じ、時間も時間ですから、とりあえず、メニューは私が決めます。よろしいですか?」
ディアの発言に、即座に大勢の手が挙がり、ようやく会議は終結を見た。
「ちょっとールヴァ。ゼフェル、精神的にそーとー病んでるわよ。もっと気をつけてあげなさいよ。」
「そうしますー。いやはや、面目無いですー。」
準備に取り掛かる騒ぎに紛れて、人知れず、オリヴィエとルヴァの間ではこんな会話が交わされたのだった。その横を、オスカーとゼフェルが大声で話しながら通り過ぎた。
「ゼフェル、よく納豆なんか食えるな。」
「なんだよー。あんただって、アジのヒラキ食ってたじゃんかよ。」
ディアの人知を越えた努力によって、それでも料理はどうにか作られていった。
「ふう…。後は、スープを煮込むだけですね。」
「ディア、何か急激にやつれたわね。」
「そ、そうかしら。」
「お気の毒ですわ。ディア様。」
ロザリアは涙をためて、呟いた。
「女王補佐官殿、たいそうお疲れのようだな。少し、休んでは?」
横から、オスカーがいたわるように囁く。
「ディア様、ここはお任せください。」
マルセルがお玉を振り回しながら、言った。
「え…。よろしいのかしら…。」
「遠慮することはない。ご苦労だったな…。」
ずっとセリフの無かったクラヴィスも、小声で言った。
「そ…そうですわね。後は煮込むだけですし…。」
心配は無いに違いないと、ディアは頷いた。
「では、お任せして、少し休ませていただきますわ。」
ディアはふらふらしながら、厨房を出て行った。
「ディア様、どうしたのかな。」
ランディは心配そうに見送る。
「そうだぜー。こんなに楽しいのによー。」
「それにしても、ゼフェルは器用ですねー。ぴっくりしましたー。あの包丁さばき。」
「へへっ。そうでもねぇぜ。」
ゼフェルは、はしゃいでいる。一方、テーブルではクラヴィスが青い顔で休んでいた。傍らにいるのは、言わずもがなのリュミエール。
「…疲れた。ひ、ひどく疲れた。」
クラヴィスはそう言って、額に手を当てた。長時間に渡るジャガイモの皮むきは、彼に精神的苦痛をも与えていた。
(はっ。クラヴィス様に白髪が…。)
リュミエールは目に一杯涙を浮かべながら、気づかなかったかのようにわざと平静を装った。
「クラヴィス様は、ここでお休みになってらして下さい。私が、美味しいものを作ります。」
「すまないな。」
「何をおっしゃいます。」
リュミエールはエプロンの紐を結ぴ直しながら、にっこりした。辺りには、スープの香りが立ち込めていた。
「いい匂いですわねえ。さすがディア様ですわ。」
ロザリアはうっとりとして、呟いた。
「早く出来ないかなぁ。」
ランディも鍋のそばでそわそわしている。
「ごはん。ごはん。」
「マルセルー。お茶碗を箸で叩いては、いけませんよー。お行儀悪いですよー。」
「退屈だぜー。何か、やることねーのかよ。」
「あら、このワイン美味しいわよ。」
「オリヴィエ、守護聖がつまみ食いか!」
「カタイこと、言わないでよ。ジュリアスも、どう?食前酒よ。」
そうこうしているうちに、皆、暇を持て余し、勝手なことをし始めた。元々、強烈な個性の持ち主達が揃っているわけだ。仕方の無いことだろう。
「オリヴィエ。飲み遇ぎですよー。」
「いいじゃん。美味しいのよこれ。意外とイケる。あんたもお茶ばっかり飲まないでさ…。」
「ところでジュリアス様は…。」
「あら、オスカー。あんたもどう?」
「ああっ!ジュリアス様!しっかり。」
オスカーは、テーブルにつっぷしているジュリアスを揺すった。
「酔っ払って寝てるだけよ。寝てるだーけ。」
「こ、こんなお姿を、あの誇り高いジュリアス様が…。せめて、割烹着を脱いで下されば…ううう。」
オスカーは男泣きに泣いた。
「ランディー。つまんないよ。何か、面白いことは無い?」
マルセルがお玉をほうり出して、口を尖らせた。
「そーだ!隠し味つけようぜ。」
「おい、ゼフェル。変なことするなよ。せっかくディア様が…。」
ランディが慌てて止めた。
「うるせーな。ちょっと入れるだけだ。大体よ、もっと良い味になりゃあ、皆も喜ぷんだぜ。」
「そ、そりゃあ…でも…。」
ランディは言葉を失った。
「よし。きーまり!最初は、こいつだ。」
せっかちなゼフェルは早速、目の前にあったアンチョビを、皿ごと鍋に投げ込んだ。
「うわっ!やった!」
ランディが叫ぷ。
「何ですって!キャー!おやめになって!そのようなことなさると、わたくし…。」
ロザリアが声を聞き付けて、飛んで来た。
「もう入れちゃったよ。遅いんだもん、声かけるの。」
マルセルが非情に呟いた。
「ははは。ゼフェルは短気だからな。しょうがないよ。ロザリア。」
「いやだ。食べられなくしないでよ。」
酔っ払ってすっかりいい気分のオリヴィエは、層根を寄せて文句を言った。
「人間、諦めが肝心です。食べ物は大事にしましょうねー。」
ルヴァの心配をよそに、調子にのった少年達は、手当たり次第に食材を投げ込んでいく。これでは、闇鍋だ。
「ギャー!カ・エ・ル!ちょっとぉ、そんなのまで入れるのっ!?」
「私は、優しい人が好きです。熱くないようにしてあげて下さいね。いまわの際には。」
リュミエールがほほ笑んだ。
「カタツムリも入れようぜー。貝は、だしが出るからな。」
「あっ、いけません。カタツムリは、クラヴィス様がお嫌いな…。」
リュミエールが髪を振り乱して叫んだ。
「ああっ!クラヴィス様、お気を確かに…。」
倒れるクラヴィスを、リュミエールが抱き起こす。
「カエルは良くって、カタツムリがいけないわけ?ちょっと不条理じゃん。」
オリヴィエがワインをラッパ飲みしている。
「それはそうと、アンジェリークがいないよね。」
思い出したようにマルセルが、きょろきょろと辺りを見回した。
「おおかたあの人は、“秘密のヤク”の飲み過ぎで、約束を忘れてるんですわ。」
ロザリアは唇をへの字に曲げて、言い捨てた。
「おいおい、お嬢ちゃん。友達だろ?つれないぜ。」
「それはそうですけれども…。」
ロザリアはオスカーに答えながら、昨日のことを思い出していた。
(ゼッタイに許しませんことよ。アンジェリーク。)
アンジェリークはニッコリ笑って、こう言ったのだ。
「せんべいプレゼントしたら、ジュリアス様、ニッコリして下さったわよ。」
「ええっ!?」
ロザリアはその言棄に、雷に打たれたようなショックを受けた。
「まんじゅうもプレゼントしたの。ジュリアス様、ニッコリしてらしたわ。やっぱ、二人は結ばれる運命なのかも。なーんてネ。ウフッ。」(注:ふしぎの国のアンジェリークを参照)
(まんじゅうやせんべいをもらって、ニッコリしてるジュリアス様って、一体…。このコ、ただ者じゃないですわね。何て怖いもの知らずなのかしら。)
ロザリアは、喋り続けているアンジェリークを見つめて考えた。
(わたくしを差し置いて、ジュリアス様と仲良くなんて!それも…それも…。)
カンペキなお嬢様である自分に出来る筈のない、大それたことだが、あのジュリアス様に‘駄菓子’をプレゼントするなんて、何て刺激的な…。嫉妬のあまり、ロザリアは今日のクッキング講座のことを、アンジェリークに教えなかった。今頃アンジェリークは、サラの占いの館でカルトクイズに四苦八苦していることだろう。
(いい気味ですわ。)
そう思いつつ、意外過ぎる事の展開に、ロザリアは後悔し始めていた。そんなロザリアの心をよそに、オリヴィエが呟いた。
「だけど、分からなくもないよ。アンジェリークの気持ち。誰だって、変身願望はあるさ。」
「何だか分かりませんが、危険な香りが立ち込めてますねー。」
「あーあ。ホラ、焦げてるわよ。水面に浮いているのは…出たーっ!カ・エ・ル!」
「何だ何だ。カエルぐらいで大騒ぎして。」
オスカーが笑っている。
「何!?あんた、誰にだって、苦手なもんはあるわよ!よぉし、悪夢を見せてやる!」
「酒癖が悪いですねー。オリヴィエ、罪を憎んで人を憎まずですー。」
「ルヴァ、止めないでよ!言って良いことと悪いことがあるんだよ!」
言うなり、オリヴィエがザル一杯のアオエンドウを、オスカーに投げ付けた。
「うわあっ!あ、青臭いぜ…。」
「オスカー様っ!」
ランディが慌てて駆け寄る。
「すっげえ!グリンピース責めだぜ。」
「怪しい。怪しすぎますわ。」
大量のアオエンドウに埋もれて呻いているオスカーを、ロザリアは遠くから見ていた。その時だ。
「う…。何だ。この匂いは。」
「あっ。ジュリアス様!お気づきになった。」
オスカーが、条件反射でがばと身を起こす。
「何か、したのか?」
ジュリアスは額を押さえながら聞いた。厨房は再ぴ静まり返る。
「…スープが出来るまで、何か皆で、お話しでもしませんか。」
リュミエールが慌てて言った。
「そうだ!そうしましょう。ジュリアス様。」
オスカーが叫んだ。
「賛成。もう、この匂い、耐えらんないわよ。苦しいよぉ。」
「なんでぇ。もう終わりかよ。つまんねぇの。」
言いながらゼフェルは、タバスコが泳いでいるピザを、口にほうり込んだ。
「うえー。」
それを見ていたマルセルは、苦しそうに呻いた。
「いけませんよー。ごはんが食ぺられなくなりますよー。」
「うるせー。腹滅ったぜ。限界だ。」
「ごはん。ごはん。」
「カ、カ・エ・ルー!」
「これですわ。これ。」
ロザリアが取り出したのは、“アンジェリーク・カルトクイズ”というタイトルの本だった。
「非売品ですのよ。そうそう、アンジェリークを逆さから読むとどうなるか、ご存じ?」
「そんなん、知るか!」
突然尋ねられて、ゼフェルはたじろいだ。
「何て問題よ…。非売品なワケだね。」
オリヴィエはとろんとした目付きで言う。
「面白そう。早く問題出して。ロザリア。」
椅子に座ったマルセルが、足をばたばたさせて横からせがむ。
「はい。第一問。」
ロザリアが言うと、突然ランディが
「チャリラリラーン。」
と叫んだ。
「何だ。それは。」
思わずジュリアスが問う。
「やだねぇ。クイズのお約束よ。」
「お約束…?」
「光の守護聖ジュリアス様の指輪は、何と呼ばれている?」
「分かった!…忠誠の指輪!」
オスカーが即座に答える。同時に彼は、自分が大変なことをしでかしたのに、気づいた。
「あっ!ジュリアスの額に早くもデコッパチが出現!」
オリヴィエが声を上げた。
「何て怖いもの知らずな…。俺にはそんなこと、死んでも言えないぜ。」
「何言ってんのよ。ほら、ジュリアスは自分が答えられなかったから、拗ねてんのよ。」
オスカーが怖々ジュリアスを見ると、うつむき加減の顔にベタが入っていて、既に表情が分からない。
「言うこと聞かないと指がしまって、ギャー!なーんてね。あはは。」
「お前は、三蔵法師か!」
咄嵯に叫んだオスカーは、自分を責めた。
「それじゃー、西遊記ですー。ジュリアスがサルの妖怪になってしまいますよー。」
「ああっ!」
誰かの絹を裂くような絶叫が、響いた。途端に、照明が消えて真っ暗になる。続いて、食器が割れ、鍋が転がるけたたましい音が…。厨房はパニック状態になった。
「誰だ!消したの。見えねーじゃんかよ。」
「クラヴィスはいいわよね。暗くても、目が見えて。」
「クラヴィス様はフクロウではありませんよ。」
「…さて、ここで第2問です。怒りの鉄拳を受けたのは、誰でしょう。お分かりかしら?」
「ええーっ!超難問じゃねーか!」
その時、再び辺りが明るくなった。
「ちょっと!どさくさに紛れて、抱き着かないでよ。」
「…ううむ、やはり男は、必要な部分の起伏が無い。空しいぜ。」
オスカーはふらふらしながら、オリヴィエから離れた。
「で、答えは?」
マルセルが先をせがむ。
「叫んだのは、どなたですの?」
「私です。」
リュミエールが手を挙げた。
「クラヴィス様が突然咳き込まれて…。驚いてしまって。」
「お皿を割ったのはどなた?」
「オレ。つまづいちまってよぉ。」
ゼフェルが手を挙げる。
「電気を消したのは?」
「あたし。匂いに耐え切れなくってさ、換気扇つけたかったの。押すトコ分からなくって。」
オリヴィエが言った。
「で、殴られたのは、誰ですー?」
皆が一斉にオスカーを見た。
「え?何故俺が?あんたじゃないのか?」
オスカーがルヴァを指さした。
「何故ですかー?」
「ああっ。ジュリアス様がっ!」
見ると、ジュリアスが倒れていた。
「…寝息を立てていらっしゃる。」
近づいたオスカーが、ぽつりと言った。
「そのまんま、寝かしときゃいいのよ。ワインが効いたのさ。」
「何を言う!大体、お前があんなことを…。」
「何よ。あんたが先に答えたからじゃないのさ!」
「本当に、寝てんのか?」
ゼフェルがジュリアスのそばに屈み込んで、フォークでつつき回している。
「こらこらゼフェル!ジュリアス様に、何という失礼なことを。」
「そうですよー。いけませんよー。寝ている人に。」
「へん。寝たふりだとしても、追っては来られねーよ。サンダル履きだもんな。」
「触るな!ジュリアス様をお部屋にお連れする。おいたわしい。」
オスカーはジュリアスを抱き上げると、立ち去った。風も無いのに、ジュリアスの金髪が夢のように靡く。女声のスキャットが、甘美なメロディーを綴る…。
「…何か、スッゴク怪しい図よね。」
「えっ?結構、似合ってるじゃありませんかー。」
「ルヴァ、そう思ってるのはこの場じゃ、あんただけよ。このままオスカーが戻って来なかったら、あんたのせいよ。」
ルヴァは、二人を見送っている少年達に気づいて、慌てて言った。
「駄目ですよー。18歳未満は、見てはいけませんー。」
「ちぇっ。何でだよー。」
「私が健全なクイズを出しますー。いいですかー?さて、私の執務室にロウソクが3本ありますー。1本使ってしまいましたー。さて、何に使ったでしょうー。」
「ケッ、何だそりゃ。分かるわけねーだろ。」
「おやおや。不勉強ですねー。私の出してる宿題をこなしていれば、分かる筈ですよー。」
「あんたたち、いつもながら親子みたいだねー。お似合いよ。」
オリヴィエが笑う。
「やめろよ。何で俺が、こいつと親子なんだよー。」
言いながら、ゼフェルは満更でもなさそうだ。
「リュミエール。ここはひどすぎる。もう耐えられない。今後、何があろうと、誓って料理はしない。」
「クラヴィス様。この次は是非、私の手料理を…。」
「おや、でも美味しそうですよー。見た目は悪いですがねー。」
ルヴァが鍋をのぞき込む。
「ちょっとー!やめてよ。いい加減、換気扇つけてくんない?マルセル。」
オリヴィエが涙をぽろぽろこぼしている。
「あ、何か浮いて来たぜ。」
「出たー!カ、カ・エ・ル!」
そして…。お食事会は、決して開かれることは無かった。後日、アンジェリークに聞かれても、ロザリアがクッキング講座について語ることは無かったのである。
(完)